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大正デモクラシー 今週の英語で日本史クラブ その1

過去記事の引っ越しです。


今週の「OneStepの英語で日本史クラブ」では、大正デモクラシーと平塚らいてうについて、実業之日本社『英語対訳で読む日本史』と中西康裕『英語対訳で読む日本史の有名人』を参考にして学びました。

それでは、クラブで学習した内容をさらに発展させてご紹介していきます。

以下の内容には、クラブでの学習よりかなり深い内容も含まれています。

中学受験だけでなく、高校受験から大学受験にも対応しています。

このレベルの日本史の知識がなければクラブに参加しにくいということはありません。

クラブに直接参加すれば、その人の知識レベルに合わせた話ができるので、吸収の効率が段違いです。それが、ブログなどにはないメンバーの最大のメリットですね。


①The Taisho Democracy(大正デモクラシー)


画像:イラストAC

In the Meji period, the government was carried out with officials and military men at its center.

英語解説:

be carried out:行われる

at its center:中心に

“government”は通常「政府」ですが、「政府が行われる」ではおかしいので、ここは「政治が行われる」と訳す必要があります。

日本史解説:

明治時代には政党政治の慣行もなく、官僚や軍人が政治の中心でした。総理大臣も衆議院議員ではありませんでした。

つまり、政党を作って、選挙に出て、選挙に圧勝して、衆議院の議席の大部分を占めても、天皇が他の人を総理大臣に任命したら、総理大臣にはなれなかったのです。というか、それが当たり前だったのです。

In 1912, Katsura Taro(桂太郎) formed his cabinet and ignored the Diet, so Ozaki Yukio(尾崎行雄) and Inukai Tsuyoshi(犬養毅) started the Kensei yogo movement(憲政擁護運動) to seek a government with the Diet at its center. This movement received public support and the Katsura Cabinet(桂内閣) was overthrown.

英語解説:

the Imperial Diet(before 1945):帝国議会

the House of Peers:貴族院

the House of Representatives:衆議院

Kensei yogo movement( Movement to Protect Constitutional Government):憲政擁護運動

本では”the Diet”としていますが、大日本帝国憲法下の議会の名称は「帝国議会」なので、” the Imperial Diet”とすべきですね。

“peer”は、「貴族」です。”nobleman”(貴族)との違いはあまりないです。

なお、現在は

the Diet(after 1946):国会

the House of Councillors:参議院

the House of Representatives:衆議院

ですね。”councillor”は「評議員」。参議院とは、有識者とか顧問の集まりっていうニュアンスですね。参議院不要論も根強いですが。

日本史解説:

大日本帝国憲法下の議会の正式名称は帝国議会です。帝国議会は二院からなっており、1つが国民の選挙を経ない、勅選議員などからなる貴族院(the House of Peers)で、もう1つが国民の選挙で選ばれた議員からなる衆議院(the House of Representatives)でした。

憲政擁護運動は、後に第1次護憲運動とよばれるようになります。

第1次護憲運動

(中学入試レベル)

1912年に成立した、藩閥の桂太郎内閣が議会を無視する態度をとったため、尾崎行雄たちは、憲法による政治を守る運動を起こしました。この運動は全国に広まって、桂内閣は倒れました。これを大正政変といいます。

(高校入試レベル)

1912年に成立した、藩閥の桂太郎内閣(長州藩出身)が議会を無視する態度をとったため、尾崎行雄や犬養毅たちは、藩閥中心の専制政治を批判して、立憲政治を守る運動を起こしました。この運動は全国に広まって、桂内閣は2ヶ月足らずで倒れました。これを大正政変といいます。

(大学入試レベル)

「1912(大正元)年,第2次西園寺公望内閣が2個師団増設問題で倒れると,元老は山県系の桂太郎内大臣(長州出身,陸軍の実力者)を首相に推薦し,第3次桂内閣が成立した。立憲政友会の尾崎行雄・立憲国民党の犬養毅らの衆議院議員やジャーナリスト・商工業者や都市民衆は,桂が宮中と府中(政府)の別をないがしろにしていると憤り,「閥族打破・憲政擁護」を掲げて倒閣運動を始めた(第一次護憲運動)。

 桂首相は,山県系でありながら政党を組織して政治を刷新することを考えていた。そこで,帝大(東大)出身の新進の官僚や国民党の一部を加えた新しい政党を結成し(のちの立憲同志会),財政難に対応するため,軍拡の1年間凍結や行政・財政整理などの改革案を提示して,運動に対抗しようとした。

 しかし,新党は議会の少数にとどまり,一方,激した国民は桂の改革性を認めようとはせず,議事堂の周辺で暴動がおきる恐れが生じた。このため,1913(大正2)年2月,桂内閣はわずか50日余りで退陣した(大正政変)。このように桂内閣の改革は失敗したが,桂が残した立憲同志会はその後に憲政会となり,さらに立憲民政党へと成長して,立憲政友会とともに第二次世界大戦前の日本の二大政党時代を形成した。

 桂内閣のあとは,薩摩出身で海軍を代表する実力者山本権兵衛が立憲政友会を与党にして組閣した(第1次山本内閣)。」(山川出版社『新日本史』)

Yoshino Sakuzo(吉野作造) advocated Minpon-Shugi(民本主義) in which public opinion would be reflected in the government by popular election(普通選挙). This democratic tendency in the Taisho period is called Taisho democracy.

英語解説:

関係代名詞”which”が、前置詞の目的語になる場合は、”which”の前に”in”などの前置詞が入ります。

上の分でいうと、”be reflected in”の”in”が、”which”の前にきているのです。

ちなみに、上の文の”reflected”の次にある”in”は、”in the government”の”in”であって、”be reflected in”の”in”とは別物です。ちょっと複雑ですね。

例文:

This is the house in which the topless strategist was born.

(ここが、トップレスの軍師が生まれた家です。)

その他、以下の記事にも”in which”を使った例文があります。

日本史解説:

民本主義とは、吉野作造がとなえたもので、天皇主権のもとでの民主主義を主張したもの。

納税額の制限が撤廃された普通選挙とはいっても、女性には参政権があたえられなかった。

大正期の護憲運動や、民主主義を求める動きを大正デモクラシーとよぶ。

In 1918, the president of the political party, Rikken-seiyu-kai(立憲政友会), Hara Takashi(原敬), became prime minister and formed a real party cabinet(本格的政党内閣) for the first time.

日本史解説:

1918年の原敬内閣は、初の本格的政党内閣。初の政党内閣は、1898年の第1次大隈重信内閣。

The second Goken movement began in 1924 and the president of the political party, Kensei-kai(憲政会), Kato Takaaki(加藤高明), formed coalition cabinet. After that, it became a political custom for party presidents to form the cabinet.

英語解説:

coalition cabinet:連立内閣

日本史解説:

政党の総裁が内閣を組織する政治的慣習を、「憲政の常道」といます。この政党内閣の慣習は、1932年五・一五事件で犬養毅首相が暗殺されることによって終焉しました。

In1925, the Kato Cabinet enacted the law of popular election(男子普通選挙). The Peace Preservation law was also enacted to crack down on communists at same time.

英語解説:

popular election:(男子)普通選挙

Security Police Law(1900):治安警察法

Peace Preservation law(1925):治安維持法

crack down:取り締まる

communist:共産主義者

そういえば、昔SEGAが出した、クラックダウンっていうゲームがありましたね。

メガドライブ版はけっこうプレイした記憶が。

日本史解説:

治安維持法の目的は、国体の変革を目指す人と、私有財産を否定する人を取り締まることでした。

国体の変革を目指すとは、天皇制を否定して民主主義などをめざす   ことで、私有財産を否定するとは、資本主義を否定して共産主義をめざすことを指します。

なお、資本主義とは「工場や機械・原材料・資金などの生産手段を所有する資本家が、利潤獲得を目的に賃金労働者を雇用して行う経済活動が主流である経済体制」(詳説日本史)のことで、

共産主義とは「私有財産制を廃止して,全財産を社会全体の共有にしようとする思想または運動」のことです。

平塚らいてうについては、次回をお楽しみ下さい。

次の月曜日にアップする予定です。

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