豊臣兄弟ガイド 第18回「羽柴兄弟!」:登場人物を勉強してみた(5/11配信まとめ)
- 順大 古川
- 5月11日
- 読了時間: 5分
藤堂高虎
#豊臣兄弟 第18回「羽柴兄弟!」(1575年(天正三年):藤堂高虎は今
(22歳(弘治2(1556)年生)
浅井が1話の半分も長々と尺をかけて滅びたので、阿閉政家や磯野員昌のもとを転々として、18歳のとき、織田(津田)信澄に仕えたこともあります。
ドラマでは、このタイミングで羽柴秀長(長秀)に出仕しますが、『図説 藤堂高虎』によると、このころは織田信澄のもとで、丹波攻めに加わっていたようです。
辞書によると、実際の出仕は天正4(1576)年のようです。
☆参考文献:
諏訪勝則『図説 藤堂高虎』(戎光祥出版)(https://amzn.to/4dAxyRd)
『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)
『戦国人名辞典』(新人物往来社)( https://amzn.to/4tUBSRa)
吉川弘文館『戦国武将合戦事典』(https://amzn.to/45eYv8O)
石田三成
#豊臣兄弟 第18回「羽柴兄弟!」(1575年(天正三年):石田三成は今
16歳(永禄3(1560)年生)
ドラマのように、秀吉の長浜城時代に出仕します。
史料に初登場するのは天正11(1583)年なので、正確な出仕年代は不明です。
☆参考文献:
『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)
平野長泰
#豊臣兄弟 第18回「羽柴兄弟!」(1575年(天正三年):平野長泰は今
17歳(永禄2(1559)年生)
ドラマでは、このタイミングで秀吉に出仕しますが、『戦国人名辞典』によると、実際の出仕は天正7(1579)年のようです。
☆参考文献:
『戦国人名辞典』(新人物往来社)( https://amzn.to/4tUBSRa)
片桐且元
#豊臣兄弟 第18回「羽柴兄弟!」(1575年(天正三年):片桐且元は今?
(22歳(弘治2(1556)年生)
ドラマのように、秀吉の長浜城時代に出仕します。
辞書で言及されているのは、賤ケ岳の戦いからなので、正確な出仕年代は不明です。後日、ほかの本なども調べてみたいです。
☆参考文献:
『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)
加藤清正
#豊臣兄弟 第18回「羽柴兄弟!」(1575年(天正三年):加藤清正は今?
(14歳(永禄5(1562)年生)
すでに小姓として、秀吉に仕えています。
天正元(1573)年ごろには、長浜のあたりに170石を与えられていました。
ドラマの時点では秀吉に近侍していたのですが、最後の宴会の場面にはいましたかね?覚えていません。。。
☆参考文献:
『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)
福島正則
#豊臣兄弟 第18回「羽柴兄弟!」(1575年(天正三年):福島正則は今?
(15歳(永禄4(1561)年生)
幼少のころより、秀吉に仕えていたとありますので、ドラマの時点でも秀吉に近侍していたと思います。最後の宴会の場面にはいましたかね? 覚えていません。。。
☆参考文献:
『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)
筒井順慶
#豊臣兄弟 第18回「羽柴兄弟!」(1575年(天正三年):筒井順慶は今?
(27歳(天文18(1549)年生)
元亀年間に、信長に降っています。
松永久秀と大和国で争っていたのですが、松永久秀が信長に反乱したので、順慶が大和一国をまかされます。ただし、明智光秀の配下という扱いです。
☆参考文献:
『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)
荒木村重
#豊臣兄弟 第18回「羽柴兄弟!」(1575年(天正三年):荒木村重は今?
(40歳(天文5(1536)年生)
信長と義昭が争っているときに、素早く信長側につきます。
摂津の一職支配をまかされています。
☆参考文献:
『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)
豊臣秀長
#豊臣兄弟 第18回「羽柴兄弟!」(1575年(天正三年):豊臣秀長は今?
(35歳(天文10(1541)年生)
・天正3(1575)年、「天正三年十一月十一日付羽柴長秀判物」にて、歴史に初登場します。
ドラマの最後に写真付きで紹介された文書ですね。
なので、このころには文書を出せるだけの立場にいたわけです。

☆参考文献:河内将芳『図説 豊臣秀長』(戎光祥出版)(https://amzn.to/4eAfDv7)
豊臣秀吉
#豊臣兄弟 第18回「羽柴兄弟!」(1575年(天正三年):豊臣秀吉は今?
(39歳(天文6(1537)年生)
・4月7日、小早川隆景との取次をつとめます。
・5月21日、長篠の戦いに参陣します。有海原に陣をかまえます。
・7月に、藤吉郎と名乗っていたのを、「筑前守」の署名に変えます。理由は不明ですが、明智光秀が惟任に、丹羽長秀が惟住と変わったことと関係があるかもしれません。
・8月12日、信長の越前一向一揆攻めに参陣します。このころ、秀吉は小谷城を居城としていました。
ドラマでは、へとへとになって、手柄も奪われて帰ってきましたね。このとき、柴田勝家たちが越前の支配をまかされた件のことでしょうか。
・8月、近江御前山の定番を命じられます。
・9月、またまた北陸で一向一揆が起きたので、秀吉は加賀奥郡まで出兵して鎮圧します。たいへん、、、ほんとに息をつく間もないですね。。。
☆参考文献:藤井譲治『豊臣秀吉』(ミネルヴァ書房)(https://amzn.to/4dlVeaT)
慶(慈雲院)
#豊臣兄弟 第18回「羽柴兄弟!」(1575年(天正三年):慶(慈雲院)は今?
(?歳寧々ぐらいの年齢?(?年生)
・天正14(1586)年、『多聞院日記』にて、歴史に初登場します。
なので、このころの動向は不明です。
『羽柴秀吉とその一族』によると、秀長の最初の嫡男の与一郎(1568年ごろ生まれ)が慈雲院の実子だと推定されるそうです。
このへんがドラマではどんな話になるのかが、次回のお楽しみなんでしょうか。
☆参考文献:黒田基樹『羽柴秀吉とその一族』(角川選書)(https://amzn.to/48Oxt9Z)
本多忠勝
#豊臣兄弟 第18回「羽柴兄弟!」(1575年(天正三年):本多忠勝は今
28歳(天文十七(1548)年生)
長篠の戦いで戦功を上げます。
☆参考文献:
『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)
『戦国人名辞典』(新人物往来社)( https://amzn.to/4tUBSRa)
吉川弘文館『戦国武将合戦事典』(https://amzn.to/45eYv8O)
朝倉景健
#豊臣兄弟 第18回「羽柴兄弟!」(1575年(天正三年):朝倉景健は今?
?歳(?年生)
朝倉家滅亡のときも生きながらえます。
朝倉義景が滅亡した後は、織田信長に属して安居(あご)城を与えられます。
景健は、一向一揆を殲滅した信長が天正3(1575)年8月に越前に攻め込んだときに、信長に反旗を翻して、鳳尾(あげお)の砦に立て籠もります。しかし、8月21日には殺されます。
☆参考文献:
『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)
浅野長勝
#豊臣兄弟 第18回「羽柴兄弟!」(1575年(天正三年):浅野長勝は今?
?歳(50代くらい?)(?年生)
ドラマ初登場時は「寧々の父」とぼかされていましたが、実際は寧々の養父です。
今回のドラマで、そのことが寧々の口から明かされましたね。
人物叢書の年表によると、ドラマと同じ天正3年に死去したカとあります。
なお、1923年出版の『寛政重脩諸家譜 第2輯』には「天正三年九月十日死す」とあります(https://dl.ndl.go.jp/pid/1082719/1/356)。
☆参考文献:
福田千鶴『高台院』(吉川弘文館)(https://amzn.to/3P6J5hX)

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