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赤染衛門 「光る君へ」人物事典032

更新日:1月22日




※β版(2023/12/04)。


赤染衛門(あかぞめえもん):凰稀かなめ(おうきかなめ)

まずは、NHK公式の紹介を引用して、大河ドラマ上での設定を確認しておきましょう。


女流歌人。道長の妻・倫子の女房であり、さらに一条天皇の中宮となる娘の彰子にも仕えた。姫たちに学問を指南するうちに、文学好きなまひろとも交流することになる。


やたらと人柄が良かったようで、ききょう(清少納言)たちには辛辣なまひろ(紫式部)に好かれています。夫匡衡ラブすぎて、道長や彰子に「匡衡衛門」とも呼ばれていました。



中古三十六歌仙の一人に選ばれた女流歌人です。赤染時用の娘ですが、実父は平兼盛の可能性もあります。平安末期(12世紀中盤)に成立した歌論『袋草紙』に、平兼盛の妻であった母が赤染時用に再嫁して間もなく赤染衛門が生まれたので、娘の認知をめぐって両者が争ったとあるからです。

源倫子藤原道長の妻)に仕えているときに、大江為基と恋愛しました。次に、為基の従兄の大江匡衡と結婚しました。良妻賢母の説話が多いそうです。まひろ(紫式部)も『紫式部日記』で赤染衛門の人柄を褒めています。『栄花物語』の作者だという説があります。


年表

赤染衛門の略年表を示します。年齢は数え年です。


1012年:夫の死後、出家。

この後も、倫子上東門院(彰子)のもとに出入りし続ける。

1033年:倫子の七十賀屏風歌で詠う。

1035年:賀陽院水閣歌合で詠う。

1041年:弘徽殿女御十番歌合で詠う。











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