「士農工商」について
『日本国語大辞典』に載っている一番古い用例は15世紀でした。『古事類苑』には「士農工商」の項目も語もないようでした。
『日本国語大辞典』を貼ります。
「武士と農民と職人と商人。四民。また、一般の人々。庶民。
*光悦本謡曲・善知鳥〔1465頃〕「士農工商の家にも生まれず」
*多聞院日記‐天正一七年〔1589〕一〇月二五日「凡人之山野に蹄をかり、大海に鱗をすなとり、士農工商に身をやつし、一文不通にして」
*日葡辞書〔1603~04〕「Xinôcôxo (シノウコウシャウ)。サブライ、ノウニン、ダイク、アキビト」
*浮世草子・日本永代蔵〔1688〕一・一「一生一大事、身を過るの業、士農工商(シノウコウシャウ)の外、出家、神職にかぎらず」
*談義本・根無草〔1763~69〕前・二「火であぶるより外は干べき手だてもあらざれは、士農工商(シノウコウシャウ)の神々、業を勤むる事もならず」」
15世紀に成立した善知鳥(うとう)というのは能の演目で、殺生を生業とする猟師(の霊)が「フツーの家に生まれたかった(=穢れた猟師に生まれたくなかった)」という意味で使っています。
参考:063.pdf
今回の質問に関係して興味深いのは、江戸時代の浮世草子で、明らかに僧侶と神職が士農工商の外側にいるということですね。質問は「なんで士農工商に神職が入らないの」といったことなので、答えにはなっていませんが、改めて神職たちが外側にいることが確認できたのはよかったです。
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