大宝律令はどのくらいの期間で作成したのか?
『国史大辞典』によると、以下のとおりです。
『続日本紀』には文武天皇四年(七〇〇)三月に律令の撰修が命じられ、六月に天武皇子の刑部ら十九人の官人学者が撰者に任ぜられたかのようにみえる記事があるけれども、そうすると完成までの期間があまりにも短すぎるとして、三月は令の撰修完了と律の撰修開始、六月は令の撰者らに対する行賞とみる説もある。ともあれそれらは長期間にわたった律令制定事業の忙しい最終段階を示し、また律の撰修が令より遅れていたことは確かである。

大宝律令の完成が大宝元年(701年)の8月なので、700年3月スタートだとすると、確かに短すぎますね。
大宝律令の藍本(※参考にした元本)は基本的に、唐の永徽律令 (えいきりつれい)(651年)と永徽律疏 (りつそ)(653年)なので、歴史部のなかで見せた船の動きとあわせて長めに考えてもいいのでしょう。

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