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も いなのべ
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コンクラーべについて

先日フランシスコ教皇が亡くなりましたが、

その後に開かれるコンクラーベは何故前任教皇の意図がかかった枢機卿で決めるのでしょうか。またコンクラーベは、いつからあるのでしょうか


閲覧数:29
うえまつ先生
2025年5月05日

まず、「コンクラーベは何故前任教皇の意図がかかった枢機卿で決める」と書いていますが、枢機卿の任命権は「教皇」にあります。そうであれば、「前任教皇」の死去にともなって開かれるコンクラーベの参加者が「前任教皇の意図がかかった枢機卿」になるのは自然なことでしょう。 また、コンクラーベの起源については諸説あるようですが、以下を参照。

鈴木宣明『ローマ教皇史』(筑摩書房)によると、ローマ教皇を選挙で選ぶ例は3世紀からあるようですが、ラテン語で「鍵と共に」「鍵をかけて」を意味するコンクラーベの起源は13世紀のようです。


小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』(コトバンク)

「コンクラーベとよばれるようになったのは、1268年にイタリアのビテルボViterboで行われた教皇選挙からというのが通説である。このとき、有権者である枢機卿団の分裂によって空位の状態が3年あまりも続き、選挙が始まっても数か月にわたって合意をみなかった。そのため、宮殿に鍵をかけて枢機卿団を閉じ込め、外部との接触を断った状態で、食事の水とパンだけを運び入れたという。その結果、1271年にグレゴリオ10世が教皇に選ばれた。こうした空位の状態を長引かせないために教皇選挙の規則がつくられた。」

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