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Q&A

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山崎闇斎の垂加神道

質問:

山崎闇斎が説く、神道と朱子学の融合ってなんやねん? なんで公家や神職が受容したんですか?


回答:

前提からいきます。最初、山崎闇斎は朱子学をものすごく研究して、朱子学の講義をしまくって、武家筋に闇斎流の朱子学を広めました。

そのとき闇斎が注目していたのが、朱子学の教えのなかでも「敬」というものでした。

辻本雅史『江戸の学びと思想家たち』(岩波新書・2022年)によると、「敬」とは「朱子の言葉では「主一無適」(『論語集註』)、つまり心を一つのことに集中させ続けること」だそうです。この「敬」を守ることによって、人はものごとを正しく判断して実践できるのだそうです。


さて、垂加神道の主な教えは、『日本史教授資料 研究編』によると、日本の神様である「国常立尊=天御中主神を太極、天神2代から7代までを五行に配し、天道=神道=人道の天神唯一の説を立て、この道を覚知するのはにある」というものでした。

ここには、日本の神話的世界観と中国の陰陽五行説の世界観の融合がみてとれます。さらに、世界を知覚するためには、朱子学が重視する「敬」が必要だというのです。

私なりに垂加神道を解説するならば、神道的な神の道を理解するためには朱子学を学んで「敬」を実践する必要がある、といったところでしょうか。この理解の是非はともかく、神道と朱子学の融合の一端は紹介できたかと思います。


最後に、小林准士「垂加派知識人による正統性の生産」(『史林』80号3号・1997年)や、西岡和彦「『天日隅宮考』と出雲大社」(國學院大學情報リポジトリ・2023年)を参考にすると、

公家や神職が受容した理由は、公家にとっては垂加神道は、日本神話の神様の子孫とされる公家の権威の正統性を再確認させるものであり、神職にとっては神社やその土地や祭祀の権威を取り戻すものであったからと考えられます。


参考文献:

辻本雅史『江戸の学びと思想家たち』(岩波新書・2022年)

『日本史教授資料 研究編』

小林准士「垂加派知識人による正統性の生産」(『史林』80号3号・1997年)

西岡和彦「『天日隅宮考』と出雲大社」(國學院大學情報リポジトリ・2023年)



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