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Q&A

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江戸時代の「天皇や公家、上層の僧侶・神職らも領知を与えられ」とありましたが、僧侶・神職の領知はどのくらいだったの?

テキストには上記のようにありましたが、領知は僧侶・神職・公家個人にではなく、組織としての寺院・神社や、公家の家に与えられました。


品川区のサイトによると、幕府から与えられた領知を朱印地と呼びます。なお、大名から与えられたものは黒印地と呼びます。

同じサイトによると、一般の寺院の朱印地は10石程度だったそうです。貧乏旗本が100石ぐらいですから、まあたいした土地ではありませんね。ただ、寺社などは田畑以外の収入が多いから、朱印地の石高だけでは寺社の経済状況ははかれません。


一般の寺院は上記のように10石程度でしたが、全国トップクラスのいくつかの寺院、寛永寺・増上寺・高野山や、神社の日光東照宮は、例外的に1万石以上の朱印地が与えられていましたレファレンス協同データベースなど)。

神職への影響力が強い吉田家の領知は766石で、公家の中では多い方だったそうです(幡鎌一弘「十七世紀中葉における吉田家の活動」)。まあ、天皇家の領地でも数万程度だったから、納得いく数字ではあります。

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