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Q&A

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孫文

孫文が中華民国、中華人民共和国両方で建国の父として崇められているのはなぜですか。

閲覧数:25
うえまつ先生
Jan 29, 2025

まず、中華民国については説明はほぼ要らないでしょう。

1912年1月1日、孫文は中華民国の建国を宣言し、初代臨時大総統に就任しました。中華民国にとって、孫文は文字通り「建国の父」になります。(詳細は、青木先生の『実況中継 第3巻』p358~359参照)

戦後、台湾に逃れた中華民国政府においても孫文は尊敬されています。孫文は「中山」という号を持っていたので(この号は日本亡命時代に名づける)、台湾では「中山大学」、「中山公園」、「中山路(=道路)」という地名が散見されます。


この質問のポイントは、中華人民共和国でも「なぜ孫文が建国の父として崇められているか」でしょう。


それは、1949年に成立した中華人民共和国の歴史観に関わります。

中華人民共和国は中国共産党が「(蔣介石の)中華民国を打倒した」結果として誕生した、これが現在の中国共産党の歴史観になります(「正統観」と言っても良い)。

すなわち、中華人民共和国においても、孫文は近代中国における「建国の父」であることは変わらないのです。

したがって、先ほど挙げた「中山大学」「中山公園」「中山路」などは中華人民共和国にも存在します。

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