「タタールのくびき」の用例
2024年3月13日(木)歴史部(世界史)での質問:「タタールのくびき」は、いつから使用されている?
ロシア史における「タタール(モンゴル)のくびき」については、青木先生の『実況中継 第2巻』64頁を参照してください。
とりあえず調べてみましたが、「タタールのくびき」の初出については、ロシア史の概説書、百科事典、インターネットサイトなどでも不明です。
基本的には、「タタールのくびき」という考え方は後世のものであると言ってよいと思います。
が、同時代の人物が「モンゴルの支配=(ロシアにとっての)くびき」というふうに考えている史料を見つけたので、紹介します。
「タタールのくびきからの離脱についての記述は、一四八〇年五月に死去したポーランドの年代記執筆者ヤン・ドゥウゴシによるものが最初です。彼はその年代記の一四七九年の記事で、モスクワのイヴァン三世を称えながら、彼が「野蛮なくびきを取り除き、自分の公国や国々と共に自由になり、長い間モスクワを縛ってきた奴隷のくびきを取り払った」と述べています。」
(【出典】宮野裕『「ロシア」は、いかにして生まれたか タタールのくびき』(NHK出版)第1章「事件の全容(1)「タタールのくびき」はいかにしてルーシにつけられたのか?」)
この史料はあくまで「くびきからの離脱」について述べた最初の例ですが、同時代のロシア人も「モンゴルの支配=(野蛮な)くびき」という考え方を持っていたということが分かります。
なお、引用文に出てくる「モスクワ(大公)のイヴァン三世」はモンゴルの支配からの離脱に成功し、ロシアで「ツァーリ(皇帝)」の称号を初めて使用した人物です。(『実況中継 第2巻』342頁を参照)
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