シュタインはどうして「知日家」と表現されているの?
下巻59p
回答:
シュタインが残した文書群の中には、「日本に関する論考の抜き刷りや草稿、日本政府から送られてきた立法草案や大学の便覧などの資料」(参考文献)やシュタインの息子が日本滞在中に収集した書類や領収書などの資料からなる「シュタイン日本関係文書」があり、その中には多くの名刺や書簡も含まれています。
こうした日本人との交流を経たことや、日本と「英・独・仏など各国の憲政の異同を論じ、また「日本ハ天然ノ帝国ニシテ、天然ノ帝王、天地ト共ニ動カサルナリ。日本国体ノ尊重ナル者則是レナリ」と述べ、日本はその歴史的国体を尊重した独自の立憲君主国憲法を作るべきであるという所見を吐露した」(国史大辞典)りする様子をもって、
シュタインは知日家と表現されているのだと、私は推測しました。
参考文献:
瀧井一博「「日本におけるシュタイン問題」へのアプローチ」(『人文学報』77号・1996年・京都大学人文科学研究所)
閲覧数:6
