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方広寺鐘銘事件は徳川のでっち上げか?

先週、日本史の授業のなかで方広寺鐘銘事件について、うえまつ先生が「国家安康」の銘文が偶然に入っていた訳ではなく、意図的に入れたものであるという見解があるという話しを紹介しました。が、史料的な裏付けがある話しではないのではないか?という指摘を受け、話しはそこで終わってしまいました。


しかしながら、これについて史料がどうやらあるらしいので、ネット記事の引用ですが、紹介します。(筆者は呉座勇一氏。なお、2ページ目以降は会員登録の必要あり)

https://president.jp/articles/-/76134


>銘文を考えた東福寺僧の清韓〔せいかん〕は弁明書で「国家安康と申し候は、御名乗りの字をかくし題にいれ、縁語をとりて申す也。分けて申す事は昔も今も縁語に引きて申し候事多く御座候」と、「家康」の名を意図的に織り込んだことを告白している。


また、記事中には「諮問を受けた五山僧たちも「銘の中に大御所様の諱〔いみな〕(実名)書かるるの儀いかがわしく存じ候……(中略)……五山に於いて、その人の儀を書き申し候に、諱相除け、書き申さず候法度御座候」など、全員が諱を書くこと、あるいは諱を分割することを批判している。」ともあります。


どうやら、研究者レベルでもこの事件が徳川方が完全にでっち上げたものとは限らないとする見解はあるようです(ただし、林羅山の見解は“こじつけ”らしいけど)。

この見解が正しいかについては、のぶた先生にお任せしたいと思いますが、一応ご紹介まで。

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