イタリアのオルシーニ家とコロンナ家の起源について
2024年4月25日(木)歴史部(世界史)での質問:「マキャベリの『君主論』に出てくるオルシーニ家とコロンナ家の起源は?」
16世紀にイタリアのマキャベリが著した『君主論』には、オルシーニ(オルシニ)家とコロンナ家というローマの名門貴族が登場します。
そこで、山川出版社の世界歴史大系シリーズ『イタリア史』を調べてみました。
しかし、両家から輩出された教皇の名前などは出てきますが、両家の説明は見当たらず。(つまり、この問題は大学の学部レベル以上!)
ということで、学術論文を調べると、わずかに言及している論文が出てきました。余部福三氏の「11世紀後半のトレード市民の反「王」運動」という中世スペインに関する論文です。
「教皇の傭兵隊長からローマの大貴族と化したオルシニ家,コロンナ家」(p29)
https://repository.tku.ac.jp/dspace/bitstream/11150/474/1/jinbun123-03.pdf
これだけだと、起源は全く不明ですね。また、百科事典を調べると、『ブリタニカ国際大百科事典』に「コロンナ家」の項目だけは見つかりました。(同じ内容がコトバンクにもあったので、リンクを貼っておきます)
https://kotobank.jp/word/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%8A%E5%AE%B6-67050
コロンナ家が対立したローマ教皇ボニファチウス8世の在位は1294~1303年なので、コロンナ家は遅くとも13世紀末には教皇に対抗できる勢力をもっていたことが分かります。
最後に、Wikipediaのイタリア語版を確認しておきましょう(グーグル翻訳で)。
オルシーニ家
https://it.wikipedia.org/wiki/Orsini
コロンナ家
https://it.wikipedia.org/wiki/Colonna_(famiglia)
あくまで伝説や言い伝えのレベルですが、オルシーニ家・コロンナ家どちらも古代ローマに起源をもつとされます。とはいえ、ある程度信頼できる記録からたどれるようになるのは、両家とも10世紀以降のようです。
オルシーニ家には上記Wikipediaの記事に以下の注釈がありました。
「オルシーニの起源は伝説の中に失われている。ボヴィオは、ゴシック様式の船長の息子であるマンディラを系譜の創始者として位置づけ、赤ん坊の頃にクマの乳を与えられ、そのためオーシーノと呼ばれた。ノヴァエスは、コンスタンティウス皇帝の時代にもフラウィウス・ガイウス・オルススについて語っています。しかし、 998年にローマでウルスス・デ・バロ(Ursus de Baro)という名前が見つかり、1032年にコンスタンティヌス・ウルシという名前が見つかったこと、そしてこの家族が12世紀末に影から確実に姿を現したこと、特にオルソ・ディ・ボボーネのことは確かである。彼は家族の最も確実な創設者であると考えることができます。」
これに対し、コロンナ家については、家祖とされる「ピエトロ・コロンナ(Pietro Colonna)」は11世紀後半~12世紀前半の人物でした。

「自称」でいいなら、古代ローマのユリウス氏族(ユリウス・カエサルなどがいた)の末裔を称したハプスブルク家があるようですが、箔を付ける以上の意味があるとはあんまり思えませんね。