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第3回ペルシア戦争の兵力について

2024年7月11日(水)歴史部(世界史)での質問:「第3回ペルシア戦争の兵力がどれぐらいだったのか」


青木先生『実況中継1巻』p33には、第3回ペルシア戦争の記述が1文しか出てこないですが、その兵力について質問が出ました。

ここでは、「歴史の父」と呼ばれたヘロドトスがペルシア戦争を描いた『歴史(ヒストリアイ Historiai)』から、第3回ペルシア戦争で有名なプラタイアの戦いの部分を引用します。おおよその数でいうと、ギリシア約11万人、アケメネス朝ペルシア約30万人です。


●ヘロドトス(松平千秋訳)『歴史(下)』(岩波書店)巻9


「プラタイアに集結したギリシア軍の総数は、重装兵と戦闘能力のある軽装兵とを合せて11万人に1800欠ける兵力であった。しかし従軍していたテスピアイ人(テスピアイはギリシアの主要都市の1つ。前480年、ギリシア軍が敗れたテルモピュライの戦いで生き残った部隊)を加えると、その数はちょうど11万人に満ちた。テスピアイ人部隊も生き残った1800人がギリシア軍の陣営に加わっていたからである。」(p253)


「ペルシア軍の兵力は前にも明らかにしたように、総勢30万であった。マドニオス(クセルクセスがペルシア撤退後、ギリシアに残留したペルシア軍を指揮した将軍)に加勢したギリシア人部隊の数は、そもそも兵員数の調査が一度も行なわれなかったので、これを知るものがない。しかし私の推定するところでは、総勢5万に達したものと思われる。以上戦線に配置された兵力はすべて歩兵で、騎兵部隊は別に配置された。(なお、巻8にはマドニオスが「1000の騎兵部隊」を選抜したとあり)」(p255)


なお、このときの授業中で言及されたサイト「世界史の窓」ではプラタイアの戦いを「第4回(次)」と書いていますが、高校世界史の教科書ではいずれも「第3回」としているので、インターネットの記述には注意してください。(ただし、ここら辺の数え方は、教科書でも変更される可能性あるけど…)

https://www.y-history.net/appendix/wh0102-062_1.html#wh0102-074

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