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Q&A

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第一次世界大戦後の「工場占拠闘争」について

質問:「戦間期、イタリアの「工場占拠闘争」と同様の例は、他の国にもある?

(質問の前提となる歴史的知識については、青木先生の『実況中継第4巻』69ページを参照)


1930年代のアメリカ合衆国の事例を(かなり苦労して)見つけました。

その代表的な例が、1936~37年にかけてフリント市(ミシガン州東部の工業都市)で起こった「シットダウン(座り込み)・ストライキでしょう。

以下のサイトから、このストライキの概略を引用します。

【出典】荻野登(独立行政法人労働政策研究・研修機構  リサーチフェロー)「米国労働運動のスタンド・アップ――UAWの大胆な戦術転換」

https://www.jam-union.org/insight/2024/02/13/%E7%B1%B3%E5%9B%BD%E5%8A%B4%E5%83%8D%E9%81%8B%E5%8B%95%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E2%80%95%E2%80%95uaw%E3%81%AE%E5%A4%A7%E8%83%86%E3%81%AA/


>UAW〔補注:全米自動車労働組合〕が結成されたのは大恐慌直後の1935年。恐慌の影響で労働者は賃金カットを余儀なくされており、工場ではラインのスピード・アップなど労働強化が進んでいた。その一方、大手メーカーの組織化は果たせていなかった。そこで、組織強化・拡大の起死回生策として、打って出たのが1936年末から始まったGM最大のフリント工場をターゲットにしたストライキだった。

>同工場は規模が大きかっただけでなく、主力ブランドのエンジンを製造しており、操業停止による痛手は甚大だった。さらに、そのスト戦術は職場を離れるのではなく、仕事をしないで職場に座り込み続ける前例のない「シット・ダウン(座り込み)・ストライキ」という手法をとった

>従来のストライキでは、労働者が工場から立ち去った後、スト破りのために雇われた従業員が工場に入るのを阻止するためにピケラインを張り、会社側の操業再開を妨げるのが一般的な手法。しかし、この座り込みストは、労働者が物理的に工場を占拠することで、経営陣やスト破りの立ち入りを防ぐことができる

(中略)

>工場労働者らは44日間、座り込み続けた後、ついにGMは労働組合を結成する権利を認めざるを得なくなり、UAWと初の労働協約を締結した。設立間もないUAWによるこの「座り込みスト」を通じた組織化の成功は、米国労働運動なかで歴史的な勝利のひとつに位置づけられている。その後、UAWはクライスラー、フォードの組織化も果たし、組織拡大の勢いが増す。


なお、1930年代におけるアメリカ合衆国のストライキに関する参考資料の日本語訳も発見したので、紹介しておきます。興味がある人は、読んでみてください。


●井上昭一「工場閉鎖だ!―アメリカ産業界を変革した偉大な座り込みストライキ―」『関西大学商学論集』第28巻第5号、1983年

https://kansai-u.repo.nii.ac.jp/record/16726/files/KU-1100-19831225-05.pdf

●井上昭一「坐り込みストライキ」『関西大学商学論集』第28巻第2号、1983年

https://kansai-u.repo.nii.ac.jp/record/16743/files/KU-1100-19830625-03.pdf

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