1960年代の自民党
宿題:テキスト下巻、172p「1960年代の自民党は、勢力はやや後退気味」の根拠は?
武田晴人『高度成長』(岩波新書、2008年)に書かれてあった内容から、自民党の勢力の進退に関わりそうな部分を探してみました。
1,1960年11月の総選挙では、296議席を確立 → 過去最高議席数の大勝利です。後退していそうには見えません。
2,1965年7月の参院選挙でもほぼ現状維持(2減)→後退していそうには見えません。
ただし、東京地方区で共産党の野坂参三が最高点当選したことに衝撃を受けたようです。 → 後退、かな。
3,1965年7月の東京都議会選挙で、社会党45議席、自民党38議席の敗北を喫しました。 → 地方選挙では後退しているようです。
4,1966年に内閣支持率が過去最低の25パーセントまで落ちました →内閣の問題であって、党の後退というわけにはいかないと思います。
5,1967年1月の衆議院選挙で、相対得票率が初めて50パーセントを切りました。議席総数が19増えたにもかかわらず、議席数を7減らしています。 → 国政でも後退と言えるでしょう。
6,上の1967年1月の衆議院議員総選挙では、自民党の支持基盤だった農村部でも革新票が増加しました。 → やはり地方での後退が目立ちます。
7,1967年4月の統一地方選挙でも自民党は停滞して野党が議席数を伸ばしました。また、東京都知事選挙で社共両党推薦の美濃部亮吉が当選して、革新首長となりました。 → 後退していますね。
なるほど、どの時点を基準にするのかが難しいかもしれませんが、「後退気味」とは言えそうです。
上記の参考文献では、自民党が都市部を中心に基盤を失った理由を、「公害などの問題が深刻化し、これに対する政府の対応の遅れが目立ったため」(159p)としています。
