奥州藤原氏
奥州な藤原氏について語るスレです。
まずは、藤原三代がミイラになった理由ですが、
お腹を切って内蔵を取り出したり、肛門から内蔵を取り出したりした形跡が見られないことから、人為的にミイラにしたのではなくて自然とミイラ化したというのが定説のようです。
なので、明確な意思をもってミイラにした(なった)のではないと考えられますので、思想的背景は探りにくいです。
参考文献:
高橋崇『奥州藤原氏-平泉の栄華百年』(中公新書・2011年)
斉藤利男『奥州藤原三代:北方の覇者から平泉幕府構想へ』(山川出版社・2011年)

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高橋富雄『奥州藤原氏 その光と影』には、以下のようにありました。
奥州全土は、この大道を地上極楽まいりの巡礼路とし、中尊寺をその極楽とする仏国土に構想されていた…(中略)…清衡以下藤原三代が、ミイラとなって金色堂須弥壇下に葬られているのも、この地上極楽思想からくるのである。法華経によれば、多宝如来は寂滅後も多宝塔(廟塔)内に入定(眠った姿で死の状態に入ること)相に肉体をとどめ、法華経の功徳で地上極楽が実現する時、相共に往生すると誓う。藤原氏はこの法華経のとくところに従い、地上極楽の実現を待つべく入定相に肉体をとどめ、永生を続けておいでなのである。
とあったのですが、それなら他の貴族に例がないことは、どう説明するんだろうか、、、とは思いました。