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大化の改新の後に中大兄皇子はなぜすぐに即位しなかったのですか?
その後、天智天皇として即位した時にはなぜ滋賀県に都を移したのですか?
森公章『東アジアの動乱と倭国』(吉川弘文館・2006年)には、「中大兄は当時二〇歳で、世代と年齢や政治・経済力を基準とする王位継承者選定の原則からは、大王として朝廷の政治を手動する立場ではなかった」ため、退位した皇極天皇(大王)の弟である軽皇子が孝徳天皇(大王)として即位したとありました。
吉川真司『飛鳥の都』(岩波新書・2011年)は、『日本書紀』に記されている中大兄皇子があえて即位を遠慮したという話は信じがたいとして、「軽皇子はもともと皇位から遠い人物だったが、紅玉の同母弟ということもあり、王族の中でそれなりに重んじられていた。(中略)彼は中大兄よりも年長の王族として、政治的な意志・力量を備えて即位したと考えるべきであろう」とします。
要するに、中大兄皇子は未だ若輩だったということになるようですね。
参考文献:
森公章『東アジアの動乱と倭国』(吉川弘文館・2006年)
吉川真司『飛鳥の都』(岩波新書・2011年)
森公章『東アジアの動乱と倭国』(吉川弘文館・2006年)には、「中大兄は当時二〇歳で、世代と年齢や政治・経済力を基準とする王位継承者選定の原則からは、大王として朝廷の政治を手動する立場ではなかった」ため、退位した皇極天皇(大王)の弟である軽皇子が孝徳天皇(大王)として即位したとありました。
吉川真司『飛鳥の都』(岩波新書・2011年)は、『日本書紀』に記されている中大兄皇子があえて即位を遠慮したという話は信じがたいとして、「軽皇子はもともと皇位から遠い人物だったが、紅玉の同母弟ということもあり、王族の中でそれなりに重んじられていた。(中略)彼は中大兄よりも年長の王族として、政治的な意志・力量を備えて即位したと考えるべきであろう」とします。
要するに、中大兄皇子は未だ若輩だったということになるようですね。
参考文献:
森公章『東アジアの動乱と倭国』(吉川弘文館・2006年)
吉川真司『飛鳥の都』(岩波新書・2011年)