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まだ浮世絵師の例が見つからないので、文章家の例を今は参考にしてみたいと思います。
参考文献:佐藤至子『山東京伝』(ミネルヴァ書房・2009年)
北斎と同時代の戯作者(まあ、要は小説家)に山東京伝という超ベストセラー作家がいます。
当時の戯作者で原稿料をもらっていたのは山東京伝だけ(ほかの人はタダ働き(≒趣味で書いていた))らしいです。
そんで、蔦屋重三郎が山東京伝に渡した、3作分の原稿料は金二両三分銀十一匁でした(寛政二年の場合)。
前に概算した、江戸の下層庶民である棒手振りの一家の年収が5000文、すなわち金12両程度なので、山東京伝は年間に3✕6=18作ぐらい書けば、江戸の下層庶民程度の暮らしができるという計算になります。少ない!!!!
印税収入がない時代なので、葛飾北斎もそんなに変わらない状況だったと推測されます。まあ、北斎が金持ちだったということはなさそうですねえ。今のところ。
ちなみに、大河ドラマ「べらぼう」では、蔦屋重三郎が彫師(版木を彫る職人)と年間10両で契約していました。「年間10両もあれば十分食っていけるべえ」というのが当時の江戸庶民の感覚なんでしょうね。
まだ浮世絵師の例が見つからないので、文章家の例を今は参考にしてみたいと思います。
参考文献:佐藤至子『山東京伝』(ミネルヴァ書房・2009年)
北斎と同時代の戯作者(まあ、要は小説家)に山東京伝という超ベストセラー作家がいます。
当時の戯作者で原稿料をもらっていたのは山東京伝だけ(ほかの人はタダ働き(≒趣味で書いていた))らしいです。
そんで、蔦屋重三郎が山東京伝に渡した、3作分の原稿料は金二両三分銀十一匁でした(寛政二年の場合)。
前に概算した、江戸の下層庶民である棒手振りの一家の年収が5000文、すなわち金12両程度なので、山東京伝は年間に3✕6=18作ぐらい書けば、江戸の下層庶民程度の暮らしができるという計算になります。少ない!!!!
印税収入がない時代なので、葛飾北斎もそんなに変わらない状況だったと推測されます。まあ、北斎が金持ちだったということはなさそうですねえ。今のところ。
ちなみに、大河ドラマ「べらぼう」では、蔦屋重三郎が彫師(版木を彫る職人)と年間10両で契約していました。「年間10両もあれば十分食っていけるべえ」というのが当時の江戸庶民の感覚なんでしょうね。