秋田の安東氏はどうして秋田氏ともいうの?
中世において、安東氏はもともと津軽地方の豪族でした。
安東氏は十三湊を押さえており、日本海海運との関係が深く、流通経済と強い結びつきをもっていたようです。
室町時代になると、安東氏は秋田方面へと勢力を伸ばします。
安東氏は秋田方面だけでなく、各地へと分かれていくのですが、
そのなかでも、秋田湊(秋田市土崎)のあたりに根拠地を持つものは「湊安東氏」とよばれ、檜山(秋田県能代市)に根拠地を持つものは「檜山安東氏」と呼ばれました。

さて、秋田氏は出羽国の戦国大名で、近世の陸奥国三春藩主です。その由来をみてみましょう。
天正のはじめごろ、檜山安東氏の愛季(ちかすえ・よしすえ)が湊安東入って、両家が合一したといいます。
愛季の子の実季は天正17年(1589年)に居城を檜山から湊に移して、はじめて秋田城介を名のりました。
これ以後、秋田湊の安東氏は秋田を名乗り始めました。
秋田を名乗ったとはいえ、安東氏でもあることは変わらないので、秋田氏と呼ばれたり、安東氏と呼ばれたりするのです。
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あ、ソースは『国史大辞典』です。