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ドイツの国家体制について(+第一次大戦時ドイツの補足説明)

2024年5月13日(月)歴史部(世界史)での質問:「第二次世界大戦後の東ドイツは連邦制国家ではなかった?」


第一次世界大戦で敗北したドイツ帝国に関する説明をしていたなかで出てきた、のぶた先生からの質問です。

山川出版社『世界歴史大系 ドイツ史3』には、東ドイツ(ドイツ民主共和国)について以下のような記述があります。


「(19)52年7月には州制度にかえて県制度が導入され、ザクセン、ザクセン=アンハルト、ブランデンブルク、テューリンゲン、メクレンブルクの5州は14の県に改編された。これによってドイツに伝統的な連邦制にかわって中央集権化された国家が生まれた」(p451)


ということで、1949年に成立した東ドイツは、1952年の改革によって中央集権国家となったと言えます。なお、第二次世界大戦後の東西ドイツについては、青木先生の『実況中継4巻』p253にみえます。


また、日本人は一般的に「ドイツ」という国が昔からあるように考えていますが、現在の「ドイツ」のエリアには様々な勢力があり、長い間バラバラでした。1871年(つまり日本で明治時代に入ってから)、ドイツ帝国が成立し、このとき日本人がイメージする「ドイツ」が名実ともに誕生します。しかし、それぞれの地域=「邦(ドイツ語で「ラント(Land)」)」には君主が残っていました。そこで、ドイツ帝国はドイツ皇帝(プロイセン国王)を頂点としながらも、その実態は各「邦(ラント)」の連邦制国家でした。

『実況中継4巻』p6の「(第一次世界大戦末期に)ドイツ各邦の君主たちも退位します」は、このことをふまえた記述になっています。ドイツ帝国の成立については『実況中継3巻』第50回に登場します。

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順大 古川
順大 古川
May 22, 2024

ありがとうございます!

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