世界史参考書の超ロングセラー『青木裕司 世界史B講義の実況中継』シリーズの青木裕司先生と、福岡を中心に活動する人気タレント中島浩二さんの「青木裕司と中島浩二の世界史ch」の文章版です(許可を得ています)。
(前回の記事【古代ローマ史②】現代の礎・ローマ法はこちら)
動画版:【古代ローマ史③】共和政から個人独裁へ
中島:
歴史を紐解けば未来が見える。大人の世界史チャンネル中島浩二です。そして河合塾のカリスマ講師、世界史の青木先生です。よろしくお願いします。
青木:
お願いします。
中島:
私がどうしても全然詳しくないローマ帝国のことということで、1回目2回目と散文的にやりましたけれども、実際に話をしていくと相当長いんですよね。
青木:
そうですね、なんだかんだで1000年ぐらいあるので、全部しゃべるとずっとこれになっちゃうんですよね。
中島:
1年かけてやるぐらいの授業量のものなんですよね。ただローマ帝国の中でもローマ時代の中でも、ここはポイントだよというところを絞って今回。
青木:
登場人物は皆さんご存知のジュリアス・シーザーというやつで。
中島:
一番ローマ帝国の中では有名な皇帝ですね。
青木:
ラテン語風に言うとユリウス・カエサルというんですけどね。彼がちょうど生きて活躍した時代というのがローマの歴史の中でも転換点なんですよ。まずひとつはローマによる対外征服が成功して、ほぼ地中海世界の征服に成功する直前なんですね。戦争には勝った時代。なんだけど、内部でいろんな混乱が起こって、大混乱なんですよね。
中島:
混乱というのはどういう混乱なんですか?
青木:
そのへんから話していきましょうかね。まずさっき言ったようにローマって対外侵略戦争に勝つわけです。これは侵略が完成したときの地図なんですけども、まだエジプトなんかは征
服されてないんだけども、ほぼ地中海世界の征服に成功しつつあるときで、ローマは勝ったんですよ。
中島:
これが何年ぐらいですか?
青木:
今から2000年前ぐらいですね。その前にシーザーが登場するわけですけども、その時代というのはローマは侵略戦争には勝ったんだけども内部はボロボロなんです。どういう状況かというと、闘いに従軍した兵士たちが疲弊しちゃうんです。1回か2回目にお話したと思うんですけども、ローマってかつての大日本帝国と同じように義務兵役制なんです。兵隊を集める方法って2つしかなくて、「あんたはローマの市民だろ、市民の義務としてローマを守るために戦ってくれ」と。もうひとつ方法があるとすれば職業軍人制ですよね。お給料を払いますから戦争に行ってくれと。じゃないほうなんです。じゃあ誰が実際に軍隊の主力だったかというと平民と言われる人たち。ローマの場合は中小の自作農民。10ヘクタールぐらいの土地を父ちゃん母ちゃん子ども数人、奴隷2、3人で耕すと。戦争が起こったらお父さんとお兄ちゃんくらいかな、が自分で武器を持って戦争に行くわけです。
中島:
ということは、本当に大変なことになりますね。
青木:
大変ですよ。こんな格好で戦争に行くわけです。戦争には勝ったんだけども従軍期間が長かったり、従軍期間が長いと耕地が田んぼが荒れ果ててしまうんです。だから運よく戦いで生き残って帰ってきてももう耕地はボロボロ。さらには侵略戦争に勝つでしょ、勝った地域というのは、たとえば北アフリカの領土なんてイタリアなんかよりも豊かなんです。はるかに穀物の値段が安い。安い穀物がバンと入ってくるので。
中島:
自分たちの穀物が売れなくなる。
青木:
だからいろんな意味で。
中島:
戦争に勝ったことによって大変なことになると。
青木:
そうなんですよ。結局農民たちが運の悪い人は死んじゃうし、農業経営に失敗しちゃうし。彼らの生活が破壊されることによってローマの軍事力を支えていた農民よって構成される歩兵部隊がいなくなるわけです。
中島:
だってバカらしいですもんね、やってられないという。
青木:
やってられないですよ。結局ローマは侵略戦争には勝ったけども軍事的にはボロボロだった。それを見透かすように奴隷たちが大反乱を起こしたり、一番有名なのはスパルタクスの反乱ですね。ローマの支配地域を属州と言うんですけども、属州で反乱が起きる。
中島:
いろんなところで統治されたけれどももう1回ワーッと蜂起するわけですね。
青木:
さらにはアルプス山脈の北側にいるいわゆるゲルマン人。これも南下の気配を示すと。ちょっと逆説的な言い方になりますけど勝ったけどボロボロだった。これをなんとかせないかんというのでカエサルの親分筋にあたるマリウスという人がさっき言った職業軍人制、市民に義務として戦争に行ってもらうのが不可能ならばお金を払うしかないと。こうしてローマの歴史で初めてお金を払って兵隊に行く人が出てくるわけです。
中島:
というところが歴史の転換点。
青木:
転換点。じゃあお金は誰が払うかというと貴族と言われる有力者ですね。これがお金をばらまいて兵隊を集めるわけ。ただ集められた兵隊たちというのは昔のローマの兵士たちみたいにローマのために頑張るという気持ちはもうないんです。
中島:
もうお金ですよね。
青木:
そう。自分にお金を払ってくれた生活の面倒を見てくれた親分たちに個人的に忠誠を尽くす。いわゆる兵隊が私兵化、私の兵隊になる。これがローマの内乱を引き起こしてしまう。本当に悪循環というかね。これまでもローマの街中は政治的発言権をめぐって喧嘩はあったんですよ。
中島:
もともと有力者同士の喧嘩はあったけれども。
青木:
それは口喧嘩だったんですよ。
中島:
でも兵隊が結局とりまいちゃうと。
青木:
そうすると兵隊同士がぶつかるじゃないですか。最初に1人が死んだ瞬間にもう後に引けなくなっちゃうんです。途中で妥協しようなんかすると兵士たちが「おい、死んだあいつはどうなるんだ」となるわけです。
中島:
自分たちの仲間ということですね。
青木:
結局暴力が暴力を呼んで血が流れたらここから先はエスカレートするだけなんです。そういうどうしようもないときにカエサルがだんだん人前に登場するわけです。
中島:
もともとどういう出自の人なんですか?
青木:
一応貴族ですね。由緒ある貴族というふうに本人はほざいていますけどもどうも違うみたい。ただいろんなチャンスを利用してシーザーの祖先たちがそこそこの金は持っていたと。ただローマの場合、高級官職に就くためにはお金をばらまかなきゃいかんのですよ。だから偉い役人になろうと思ったらだいたいひと財産を失ってしまうんです。財産を作るために属州に行って属州民からいっぱい搾取してまた帰ってくる。そういう属州の支配に対しても反発があって、さっき言ったように反乱がボンボン起きる。奴隷も反乱を起こす。ローマの街
中も大混乱。そういう中でローマの政治体制というのが変わり始める。これまでのローマの政治というのは基本共和制なんです。貴族が中心なんですけども何百人か集まって自由に話し合いをして、我々がよく知ってる議会制民主主義ですよ。
中島:
多数決で最終的には決めなきゃいけないというのは共和制ですよね。
青木:
ところが危機がどんどん頻発して起こるじゃないですか。どうなるかといったら話し合う余裕がなくなると。おもしろいのはローマって昔からやばいときのための役職ってあったんです。これが独裁官という役職で、普通は元老院という日本でいう衆議院で話し合って、その決定事項をコンスルと言われる役人、日本でいったら総理大臣、これが実行する。これは2人いるんです。ところがやばいときには2人いるコンスル、日本でいえば総理大臣、そのう
ちの1人が独裁官という立場になるんです。
中島:
ということは意思決定がすごく速くなって、危機を乗り越えやすいという政治体制をもう2000年前から人間は構築していたんですね。
青木:
そうですね、特にローマですね。基本は話し合いだけどもやばいときには話し合う余裕はないんだから独裁者にお願いする。ラテン語でディクタートルと言いまして、英語のディクテイター、独裁者、あの語源なんです。言葉のゆえんはなにかというと、彼が言ったことはすぐ書き取られて、ディクテイトされて法律として交付される。誰もそれに歯向かってはならない。ローマの街、独裁官という役職に、人に、任期は半年間なんですけども、未来を委ねる。その独裁官という人間が年がら年中必要な状況になってくるわけ。
中島:
大変な状態になってるからということですよね。
青木:
結局シーザーが頑張った時期というのは話し合いで決めていた共和制の時代から個人独裁体
制に変わっていくちょうど転換点なんです。もう話し合いなんかやってられないよというときに民衆の支持を受けた軍事司令官みたいな連中が大きな権限を握るようになる。そのうちの1人がカエサルの仲間の1人だったポンペイウスという人、もう1人がクラッスス、もう1人がシーザー、カエサルだったんです。とりあえず3人で話し合いをして、3人という極めて少数な人間が集まって話し合いをして政治を運営していこうと。これも第1回三頭政治と言いまして、3人の。
中島:
頭って。
青木:
そうですね。話し合いが大事だと言っている元老院の共和派の連中を抑え込んで3人という少数で政治を運営していく。ときどき生徒から聞かれるんです、「先生、なんで三頭政治なんですか?一頭政治じゃダメですか?」って。いきなり1人は心もとないですね。これまで話し合いで政治を決定してきた歴史があるから1人じゃあれだと。「じゃあ先生、2人じゃダメですが?」って。2人はダメなんです。2人の意見が対立したら終わりじゃないですか。
中島:
1対1になるんですよね。
青木:
で、3なんです。
中島:
等分に分かれないんですよね。
青木:
そうそう。2人が対立しても1人が「まあまあ」って。「先生、4頭政治は?」って。4頭政治はまた2つに分かれるじゃないですか。3という数字がベストなんです。
中島:
奇数の中で一番小さいということですよね。
青木:
考えられた数字ですよね。その3人で政治をやって共和主義の伝統を守ろうとする元老院の貴族たちを抑え込んで、一方で民衆の支持を得ながら、ローマの街中にいる民衆、貧乏人ですね。貧乏人のことをポプラレスと言いまして、これはポピュラー。
中島:
一般的ということはそういうことなんですね。
青木:
その語源です。人気があるというのはなにに対して人気があるかというとポプラレス、すなわち民衆にとって人気がある。その人気を取りながら、人気を取る方向はなにかというと戦争で勝つと。対外戦争をガンガンやって、たとえばシーザーだったら今のフランスですね。当時はガリアと言っていた。そこに侵略をしたり。他も侵略して勝つわけですよ。ところが3人のうちの1人のクラッススが死んじゃうんです。
中島:
そうなると今度は三頭政治が成り立たないですよね。
青木:
成り立たない。シーザーとポンペイウスの2人になるわけです。ポンペイウスというやつが頭が良いやつで、どういうふうに頭が良いかというと「俺よりもシーザーのほうが頭が良い」というのがわかっている人間なんです。
中島:
なるほど、その頭の良さがあったわけですね。
青木:
そうそう、他人の才能をちゃんとわかる。頭の良い人はみんなそうじゃないですか。自分よりも才能のある人のことがわかるからそれから学ぶじゃん。バカが自信満々なんですよ。バカは自信満々なんですよね。
中島:
話が横に逸れました。
青木:
そのポンペイウスよりもカエサルのほうが上だよねと思っていたときに元老院の共和主義者の連中が「あんた、カエサル・シーザーが怖いんだろ?じゃあ組もうぜ」と。これがシーザーに伝わって彼はガリアから戻ってくるわけです。イタリアの北を流れているルビコン川というのを渡るわけです。この川を渡ったら俺を裏切ったポンペイウス、その背後にいるローマの共和主義者の連中、下手をすればローマ全部を敵に回すかもしれない。ちょっと彼は考えたんだけども「勝負は始まった」と。あの有名な「賽は投げられた」と。「サイコロは振
られた」と。有名な言葉ですけどね。「賽は投げられた」という言葉じゃなかったんだけど、それに近い言葉は言っているみたいですね。イタリアに侵入してポンペイウスを破り、ポンペイウスの背後にいた共和主義者を黙らせて独裁権力を握るわけです。
中島:
そのあとどうなっていくかというのは次回にしましょうか。
青木:
そうですね。
中島:
次回カエサルの運命、亡くなるぐらいまでいきますか?
青木:
そうですね、はい。
中島:
お楽しみに。
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