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【ラテンアメリカ史③】翻弄されるチリ・アルゼンチン【青木裕司と中島浩二の世界史ch:0052 】

更新日:4月16日



世界史参考書の超ロングセラー『青木裕司 世界史B講義の実況中継』シリーズの青木裕司先生と、福岡を中心に活動する人気タレント中島浩二さんの青木裕司と中島浩二の世界史ch」の文章版です(許可を得ています)。


動画版:「【ラテンアメリカ史③】翻弄されるチリ・アルゼンチン」

中島:

歴史を紐解けば未来が見える。大人の世界史チャンネル中島浩二です。そして河合塾のカリスマ講師、世界史の青木先生です。よろしくお願いします。


青木:

お願いします。


中島:

ラテンアメリカ、続いてはどこの国ですか?


青木:

1970年にチリで社会主義政権が生まれるんです。アジェンデという大統領。この人は社会党の人間なんですけども、チリの共産党と組んで、いわゆる社会党・共産党が選挙でもって多数派を占めると。当時なんと言われたかというと、世界で初めて合法的に成立した社会主義政権。これまでは


中島:

打倒していくんですよね。


青木:

そうです。ロシアにしても中国にしても武力でもって革命をやって、現政権を打倒して。


中島:

キューバもそうです。


青木:

血を流して。そうではなくて、選挙という合法的手段でもって初めて社会主義政権が生まれる。これもアメリカ離れのひとつの動きですよね。チリと言いますと南北に細長い国で、農業よりは鉱業。特に銅の生産が有名なんです。ただ残念ながらチリから採れる銅、銅の鉱山の利権というのはアメリカの企業が握っていると。

世界最大の通信会社にインターナショナルテレフォンアンドテレグラフ、ITT。日本にはNTTというのがあって、アメリカ版をITTというんですけども、この子会社にアナコンダという会社があって、これが文字通り南米の大蛇みたいに、アナコンダみたいにチリに巻きついて銅という財産を奪っていく。これをアジェンデ大統領が国有化するわけです。これにITTが頭にきて、アメリカ政府に泣きついて「なんとかしてくれ」と。

当時のアメリカ大統領にニクソンなんですけども、これまでと同じようにCIAが動いてチリの軍部に指示が行って、1973年にクーデターが起きるんです。

ちなみに言うとクーデターが起きたのが1973年の9月11日。一説には9・11のテロ。オサマ・ビン・ラディンはわざとこの日を選んだという話があるんです。9・11のチリの軍事クーデターが起こったときにアメリカの資本家たちは喜ぶわけです。そのアメリカ人の多くが喜んだ日にアメリカ人を悲しませてやるというのであの日が狙われたという話があるんですよね。

軍事クーデターが起こったのが1973年なので高校2年生だったんですよね。これは忘れられ


ないですね。1973年って結構大きな事件が起こったんですよ。まずベトナム和平協定が結ばれてアメリカがベトナム戦争から撤退する。9月にチリの軍事クーデター。それからECにイギリスが加盟する。そして第4次中東戦争と。いろんな出来事が起こった年だったですよね。

特に映像として印象的だったのは大統領官邸にアジェンデ大統領が立てこもるんです。クーデターを起こした軍の関係者が投降を要求するわけです、降伏しろと。しかしアジェンデはそれを拒否して、自らマシンガンを持って抵抗するんです。だんだん大統領官邸が空軍の爆撃を受けるようになる。炎上するわけです。そこに特殊部隊が突入して、アジェンデは自殺をしたという説と、突入した特殊部隊によって射殺されたという議論があるんです。


中島:

また親アメリカということになっちゃう。


青木:

そうですね。ピノチェトという陸軍大臣、陸軍の関係者を中心とする軍事独裁政権が続いていく。アジェンデ時代の人たちに対しては弾圧が展開されていくわけです。

「ミッシング」という映画はご覧になりました?


中島:

「ミッシング」は見てないです。


青木:

40年以上前にできた「ミッシング」という映画があって、これはチリの軍事クーデターが題材なんです。実話を元にしてるんですけども、あるアメリカ人の青年がアジェンデ政権のボランティアとしてチリに渡るんです。クーデターに巻き込まれて行方不明になるんです。お父さんが行方不明になった息子を探すためにアメリカからやってくる。そのお父さんの役をジャック・レモンがやるわけです。アメリカの大使館の人たちと一緒になって息子さんの行方を探す。その探す中でだんだんお父さんが気がつくんです、このクーデターの背後にはアメリカがいる。結局息子さんの遺体が見つかるわけです。その遺体とともにお父さんがアメリカに帰るんです。そこにCIAの連中とかアメリカの大使館の連中、外交官の連中が見送りに来ているわけです。その彼らに対してジャック・レモン演じるお父さんが最後にくるっと振り向いて「アメリカの民主主義を甘く見るな」と言うんです、最後に。これは実話をもとにした映画なので、画面にものすごい緊張感があります。

73年はチリのクーデター。一方79年には中米のニカラグアで社会主義者の革命が成功するんです。79年といえばイランで革命が起こった年。アメリカの大統領選挙が起こった年なんです。これでレーガンが勝利しますよね。レーガンが勝利をした背景の1つと言われています。

キューバに社会主義政権があるじゃないですか。キューバは島国でしょ。中米ニカラグアってアメリカと地続きなので恐怖感はすごく大きかったらしいんです。ちなみにニカラグアという国もずっとアメリカの経済的な植民地で、バナナとかコーヒーが生産されてアメリカの企業を潤すと。一部のニカラグア人の大地主が、アメリカと結んだ大地主が経済的利益を独占すると。不満に対してはソモサという軍人の独裁政権がそれを弾圧すると。これをサンディ・ニスタと言われる社会主義者と連中が打ち破るわけです。


中島:

結局やっぱり経済的に植民地化しているところに不満というのがずっと絶えずあるということですよね。


青木:

絶えずあるんです。ラテンアメリカの政治の基本というのは暴力なんですよね。アメリカの支配を嫌がる、あるいは少数の支配者の支配を嫌がる人に対して常に軍事独裁政権が暴力を振るっていると。どこの国もだいたいそうですよ。

ちなみにニカラグアの革命が起こって、当然ながらアメリカはニカラグアの革命政権に対しては経済的な制裁を発動するわけです。ニカラグアが窮地に陥ったのを見てイギリスのロックグループが立ち上がったわけです。クラッシュ


中島:

そうなんですか、ロンドンコーリンのあのクラッシュですか。


青木:

そうそう。その彼らが80年に「サンディ・ニスタ」というアルバムを出すんです。これは儲けの一部がニカラグアに送られたという話で。クラッシュも大好きなグループでした。

あとは1982年のフォークランド紛争ですね。


中島:

これはアルゼンチンとイギリスですか。


青木:

名前の由来になったフォークランド、これはアルゼンチンのちょっと東側にある小さな島なんです。19世紀の半ばにここがイギリスの植民地になるんです。これを1982年に突然アルゼンチン軍が軍事侵攻作戦をやって占領しちゃうわけです。なんでそんなことをやったか、まず当時のアルゼンチン、ガルティエリという大統領がいて、軍事独裁政権ですよ、ご多分に漏れず。この経済政策が失敗してインフレが進行していったんです。1か月あたりなんと物価が100倍に上がっちゃう。


中島:

100倍ですよ、わかりますか?給料を20万もらったらインフレで100倍になっていますから、20万円が1か月後には2000円の価値になっているんです。これは大変ですよね。


青木:

物価上昇率1万%です。当然ながら軍事独裁政権に対して国民の不満が高まるわけです。大統領のガルティエリがどうしたかというと、国民の不満を外に向けにゃいかんと。よく困った政治家がやる手ですよね。


中島:

そういうことなんですよ、外に敵を作れば国民が政権に対する批判を外に目を向けるというふうな、いろいろな人がいますからね。


青木:

しばしばね。侵攻作戦をやると。実は占領できたわけです。ガルティエリとしてはフォークランド諸島は小さな島だし、これを奪い返すためにイギリスは必死にならないだろうと、これが甘かったですね。


中島:

イギリスが本気を出して奪い返しに来たと。


青木:

そうです。当時の首相がサッチャーさん。鉄の女と、アイアンウーマンと言われた人で、この人がなんと2隻の航空母艦を含む大機動部隊を派遣して奪還するわけですよね。

当時よく言われたのが、なんでこの島がそんなに問題になるのか。イギリスがこの島にこだわる理由はなんなのかと。いろんな理由があったんですけども、ひとつは南極が絡んでいたという話はご存知ですか?


中島:

それは知らなかったです。


青木:

南極って1960年に南極条約というのが結ばれて、どこの国のものでもない。研究組織しか置いてはならない。ところがこの南極条約って時限条約で、1990年にいったん失効することになっていたんです。1980年代の前半でしょ、ということは、米ソ関係がまた悪くなって、ソ連のアフガン侵攻をきっかけに。通常新冷戦の時代と言われる。米ソ関係が悪かったのでたぶん1990年に失効する南極条約は延長されないだろうと。となると、南極をめぐってひょっとすると人類史上最後の植民地分割戦争が起きるかもしれないと。


中島:

そんなことを考えていたんですか。


青木:

しかも南極っていろんな資源が無尽蔵にあるという話があるじゃないですか。


中島:

わからないんですけど、そういうふうに言われてるんですよ。アルゼンチンって、南極ってツアーがあるって皆さんご存知ですか?アルゼンチンから、一番南から船が出て行ったりするんです。そのぐらいアルゼンチンて南米と思っていますけど、南極にすごい近いんですよね。


青木:

その南極に進出するための前進基地としてフォークランド諸島が必要だったんです。そのへんがガルティエリさんには、アルゼンチンの大統領はわかっていなかった。


中島:

しかも1982年といったらサッカーワールドカップのスペイン大会ですよ。そのスペイン大会の前までに決着をつけようと思って短期間で行ったんじゃないかみたいなことも言われていたんですよ。本当かどうかはわかりません。そんなイギリス、イングランドとアルゼンチンがサッカーで試合をするんですよ。それでいろいろな因縁で、2002年のワールドカップの前の1998年にアルゼンチン対イングランドのときにシメオネとベッカムというのがありました。2002年にはそのベッカムとシメオネが握手したりとかありました。今、サッカーの話をしています。じゃあ先生どうぞ。


青木:

86年のメキシコ大会、イングランド。


中島:

マラドーナのマラドーナによるマラドーナのための大会。5人抜きと神の手という、それもありましたけれども。


青木:

それで結局奪い返すことになる。ということでフォークランド紛争というのも大きな話だったですね。

そして翌年の1983年にはカリブ海の島、グレナダという島があって、そこにアメリカ軍が軍事侵攻をやるんです。これもグレナダに社会主義政権が生まれちゃった。これもアメリカが叩き潰すために直接軍隊を派遣するんです。これにソ連が怒って、翌年に予定されていたロサンゼルスオリンピックのボイコットをやるわけですね。


中島:

ということですね。今はわりと民主的に政権ってできていますけど、でもいまだもって親アメリカなのか反アメリカなのか


青木:

そこは鮮明ですよね。


中島:

それこそベネズエラのチャベスさんなんていうのはアメリカ大嫌いみたいなことを言って、でも政治運営はへたくそで経済がガタガタになったりとか。仲良くしないと経済もうまくいかないみたいなところがあったりするから難しいんですよね。


青木:

まとめておくと、かつて中南米に多かった軍事独裁政権って今はほとんどないんですね。これは民主主義を求めるラテンアメリカの人たちのいろんな動き、運動があって、ほとんどの組で軍政から民政に変わっています。アルゼンチンもそうだし、チリなんかもそうですね。そういう意味では民主主義は進展していると。ただ、おっしゃったように経済的にはなかなか自立ができない。アメリカとの関係性が大事だというふうなことは確かにそうなんですね。でも一方でアメリカの言いなりになるのは嫌だということで、ラテンアメリカの人たち自身が地域的な協力関係を結んで。たとえばアメリカやソ連に対抗するためにヨーロッパがEC、今のEUを作ったのと同じようにラテンアメリカにもそういう動きがあるわけです。そういう中でラテンアメリカの人たちも自立を目指していく。あるいはアルゼンチンの隣にウルグアイという国があって、あそこにホセ・ムヒカという大統領がおられて、世界でもっとも貧しい大統領。この人なんか国民を豊かにするためにいろんな努力をされたけども、一方で哲学者なんですよ。豊さってなんなんですか?と。

何回か前にも言ったんですけど、人間というのは持てば持つほど不自由になる。これは実はホセ・ムヒカ大統領の言葉なんです。自分たちがこれまでやってきた消費生活、物質的に豊かなことが本当に豊かなのだろうか、それを見直す時期に今地球規模で来ているんじゃないかと。


中島:

結局はやっぱり便利とかそういうことを追い求めすぎて地球をも壊し続けているというところにも今来ていますからね。


青木:

そういったものに対する見直しみたいなのが中南米の貧しい国々から発信されてきているということなんです。


中島:

ラテンアメリカをシリーズで見てきました。








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