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【漫画に描かれた歴史③】二世部隊物語【青木裕司と中島浩二の世界史ch:0065】



世界史参考書の超ロングセラー『青木裕司 世界史B講義の実況中継』シリーズの青木裕司先生と、福岡を中心に活動する人気タレント中島浩二さんの青木裕司と中島浩二の世界史ch」の文章版です(許可を得ています)。


動画版:【漫画に描かれた歴史③】二世部隊物語

中島:

歴史を紐解けば未来が見える。大人の世界史チャンネル中島浩二です。そして河合塾のカリスマ講師、世界史の青木先生です。よろしくお願いします。


青木:

お願いします。


中島:

ここのところずっと漫画で読む歴史ということでやっていますけれども、今回は?


青木:

今回ご紹介するのは望月三起也先生の「二世部隊物語」。日系二世部隊ですね。


中島:

先生の家でいろいろやったときに「こんな漫画あるんですか」というところでチラッとご紹介いただきましたけれども、いわゆる太平洋戦争、第二次世界大戦のときに日系のアメリカ人の人たちがどう戦ったかというのを漫画にしている。


青木:

そうですね。時代背景を簡単に言っておくと太平洋戦争が始まって、カリフォルニアに住んでいる日系のアメリカ人、それからハワイに住んでいる日系のアメリカ人、こういった人たちが差別の対象、迫害の対象になるわけです。大日本帝国とつながるのではないか、スパイではないかということで、カリフォルニアなんかでは約12万人いたと言われる日系アメリカ人、そのほとんどがネバダ州とかコロラド州の砂漠の中の強制収容所に入れられてしまう。


中島:

ということなんですよね。収容所に1か所に集められちゃうんですよね。


青木:

ハワイは人口の4割が日系のアメリカ人だったので、これは収容できないということで、教師とかお坊さんとか、言うなれば日系コミュニティの指導者層の数千人が強制収容されたし、強制収容されなかった人たちも差別されるわけですよ。というので自分たちはアメリカ人なんだということを身をもって示すために志願するわけですね、軍隊に。ハワイの第100大隊、それから第442連隊。2つの兵団に招集されていくわけです。ヨーロッパ戦線に送られ

て誰よりも勇敢に戦うわけですね。


中島:

結局アイデンティティという話になってくるんですよね。自分が今いるところで忠誠を誓ってそれを示すには勇敢に戦う以外にはないということなんですよね。


青木:

そうですね。だいたい兵隊さんの数は1万4000人ぐらいで、よく言われるんだけどもアメリカの陸軍史上もっとも死傷率が高かったと。亡くなったかた、傷ついたかた、パーセンテージがなんと300%。どういう意味かというと、

亡くなった人もいるし、何回も傷ついてし

まった人がいる。でも前線で傷ついて後方に送られてもまた戻ってくる。それを繰り返すので死傷率が100%を超えるわけです。なおかつアメリカの陸軍史上もっとも多くの勲章をもらった部隊ということです。さらにはもっとも多くの、さっき言ったように亡くなったかたも多いと。軍人に与えられる勲章で一番格上というか、その勲章をメダルオブオナーといって議会名誉勲章と言うんです。

これを日系二世部隊はこれまでに21個もらっているわけです。そのうちの最初のメダルオブオナーをもらったのがサダオ・ムネ

モリ上等兵というかたで、日系二世部隊っ

てシチリア島上陸作戦に参加してイタリア半島をずっと北上していくわけです。それに対してナチスドイツ軍が防衛線を引いていると。最前線で、だいたい最前線に送られるんです、日系二世部隊って。ひとつは勇敢だったと。ドイツ軍の陣地から手榴弾が投げ込まれてくる。爆発するのでサダオ・ムネモリ上等兵が仲間を救うために爆弾の上に覆いかぶさるんです。自らを犠牲にする。この人が日系二世部隊で最初の議会名誉勲章をもらったんです。実はこの望月三起也先生の「二世部隊物語」の中にもそれを思い起こさせるようなシーンが出

てくるんです。実際に起こった話なんですよね。

それからこのかたは非常に有名ですけどもダニエル・イノウエさん。このかたは日系二世部隊の将校として活躍されるんだけども、あるドイツ軍の陣地に突っ込んで行くときに手榴弾でやっつけようとして手榴弾を投げようとしたらドイツ軍の銃撃を受けて手がちぎれてしまう。すると彼はひるむことなく自分のもげた右手から手榴弾を持って、そのまま突撃して敵の陣地をやっつける。そういう勇敢な行為。これは具体的な例を2つ挙げましたけども、常にそういう戦いをする。日系二世部隊のスローガンがこれですね「Go for Broke、当たって砕けろ」と。当たって砕けることによって自分たちはアメリカ人なんだということを他の人たちに示す。自分たちはなんのため戦うか、それはもちろんアメリカ合衆国のためでもあるし、自分たちの家族の名誉のためで

もあると。だから引かないんですよね、みんな。どんなに苦しい状況の中でも。


中島:

これは本当に悲劇ですよね。


青木:

悲劇ですね。そういうふうなことをしなければ自分たちのアイデンティティを示せなかった。変な話アメリカってドイツやイタリアとも戦っているわけじゃないですか。でもイタリア系の住民やアメリカ人やドイツ系のアメリカ人って


中島:

いるわけですよね。


青木:

そうなんですよね。強制収用の対象になっていない。肌の色が違う日本人、日系の人たちだけが狙い打ちにされてしまったということですね。ちなみにさっき名前を出しましたダニエル・イノウエさん。本当はお医者さんになりたかったらしいんですけども、右腕を失ってしまったので医者になることは諦めて、そのあと、ハワイご出身なんですけども、ハワイで民主党から下院議員になられたんです。下院議員になってそのあと上院議員になって、上院の会議長、副議長か、このかたが2012年に亡くなられまして、そのときは全米で半旗が掲げられて。イノウエさんのご遺体は議会の中で半日間安置された。今から4年前、2017年にハワイホノルル空港がダニエル・イノウエ空港に名前を変えるわけです。

本当に二世部隊の話をしていると胸がつまるというか。


中島:

本当ですね。自分の一生をかけてアメリカのためにという人だったんですね。


青木:

実際この望月先生の作品の中にも勇敢に戦うシーンとともに差別を受けるシーンが頻繁に出てくるんですね。これは実際に軍隊の内部でも起こった話。ちなみに望月先生って「ワイルドセブン」という有名な。


中島:

あれを書いた人なんですか。えー。


青木:

少年たちが読むにはちょっとエッチなシーンもときどき入っているというね。


中島:

大好きです。


青木:

このかたはサッカーが大好きで自らサッカーチームもやってらっしゃったんですよ。1938年のお生まれで2016年、5年前に亡くなってますけどね。そのときはまあまあニュースになったんですけど。ちょうどドーハの悲劇があったじゃないですか。ドーハの悲劇で我々日本人、サッカーファンも含めてもうみんなこうなってた。そのときにNHKが特番を作って、今後の日本サッカー界を語るというときにサッカーファン代表、サポーター代表として望月先生が出てこられたんです。そのときに「いやー、よくやったよ」と。「いずれ日本はワールドカップに出る。2002年ぐらいに1勝できれば良い」と。


中島:

日韓のときに1勝できれば良いよと。


青木:

ドーハの悲劇直後にそれを言われて。実際にそうなったじゃないですか。2002年の日韓ワールドカップ。


中島:

日韓のときには決勝トーナメントまで行きましたから。


青木:

最初に1勝して、望月先生が言ったことが本当になったなと思ったんですよね。そのかたがこういう作品、あと長谷川法世先生、「博多っ子純情」。長谷川法世先生も実は「がんがら

がん」という作品を書かれてまして、読まれたことあります?


中島:

ないです。


青木:

これは日本からアメリカ、ハワイやカリフォルニアに移住していった日系アメリカ人の話なんです。その一代記なんですけども、その中でやはり太平洋戦争が始まったときに強制収容されて二世部隊の一員として主人公が戦争に行くという。そういったシーンが出てくるんです。「がんがらがん」は持ってたんだけど誰かに貸して行方不明になっちゃって。


中島:

呼び掛けますか?


青木:

返してください、誰か持っていった人。


中島:

移民という話でいうと、実は日本は江戸から明治になって開国して時代が変わったときにものすごく貧乏だったからたくさんの人が夢とか希望を持っていろんなところ、ブラジルに渡ったり、ハワイに渡ったり。しかも地域ごと行っちゃうんですよね。


青木:

そうです、村単位で行ったりとかね。


中島:

そうですね。大変だった人たちは実はいっぱいいらっしゃるんですよね。そういう人たちはわりと祖国日本のことをずっと思い続けているという人たちが多いですよね。


青木:

実際にアメリカの兵士として従軍するときに葛藤があるらしいんです。下手をすれば自分たちの祖先の日本とも戦わなくちゃいけなくなるかもしれないということで、そこは想像に余

りあるような葛藤があったみたいで。だから戦争しちゃいかんのですよ。


中島:

ということですね。今日は望月三起也さんの「二世部隊物語」をご紹介しました。








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