世界史参考書の超ロングセラー『青木裕司 世界史B講義の実況中継』シリーズの青木裕司先生と、福岡を中心に活動する人気タレント中島浩二さんの「青木裕司と中島浩二の世界史ch」の文章版です(許可を得ています)。
(前回の記事「ハマス・イスラエル戦争(6)イギリスの「三枚舌外交」(復習)」はこちら)
動画版:「ハマス・イスラエル戦争(7)ガザ侵攻と諸国の対応」
中島:
歴史を紐解けば未来が見える。大人の世界史チャンネル中島浩二です。そして河合塾のカリスマ講師、世界史の青木先生です。よろしくお願いします。
青木:
よろしくお願いします。
中島:
まずハマスという組織がイスラエルにテロ攻撃を仕掛け、200数十人の人質を取り、そのときに最初は1400と言ってたんですけど1200に数字が改められて、その人質を取り返すためにイスラエルがパレスチナガザ地区に攻撃を仕掛け、その攻撃がなんでもありかというと大変な被害をもたらしているというところですね。
青木:
10月7日にハマスの攻撃が始まって、イスラエル軍がすぐ反撃をして、前回の番組の収録が10月16日。今回が11月13日で、ほぼ1か月経ってるので、この1か月間にどんなことがあったのか、それを最初に確認しておきたいと思うんです。
イスラエル軍が徹底して反撃をすると。まず猛烈な空爆をして、そのあとに地上軍をガザに侵攻させるかどうか、これが大きな問題になっていたんです。
中島:
かなりそれに関しては大変な被害が出るからということでまわりの国々、国連も含めて、ちょっと待ってくれというところだったんですけどもね。
青木:
僕も1か月前までは、アメリカもイスラエル軍がガザに侵攻して大きな被害、双方に出ることはたぶん望んでいないだろうと。ネタニヤフさんも僕はそうじゃないかなと思ってたんですよ。なぜかと言うと、ネタニヤさんってこの数年間、近隣のアラブ諸国との関係改善にかなり頑張ってきたんですね。これは前回も言いましたけど、バーレンやUAEなんかと国交を樹立すると。あるいは今年に入ってサウジアラビア、中東の雄ですよね、盟主。そのサウジアラビアともムハンマド皇太子なんかを相手に国交正常化に着手していると、そのことを彼自身もすごくレガシーに感じていたみたいです。国連総会の場でもうニコニコしながら「我々イスラエルと中東の国々は新しい歴史を迎える」と。まわりのアラブの国々との関係改善がなされたら、これはイスラエルにとってこれ以上の安全保障はないんです。
ところがガザに侵攻して多くのパレスチナ住民を結果として殺してしまうことになると、これは関係改善もなにもなくなってしまうと。これを僕はネタニヤフさんは恐れているから、どちらかというと政権内にいる宗教右派と言われる人たちもパレスチナを更地にしてしまえとか、パレスチナ人を一掃しろということ言う人がいるんですよ。そういった人たちを抑えるためにバイデンさんにイスラエルを訪問してもらって抑えてほしいのかなと思っていたんです。
そしたらバイデンさんが来る直前に何者かによって病院が爆撃されて500人以上の犠牲者が出ると。
青木:
これはいまだに双方言ってることが違うということですよね。
中島:
イスラエル軍がハマスの側の誤射であると。ロケット弾の攻撃のミスであると。一方でハマスのほうはイスラエルが狙ったんだと。現時点ではどちらかというのは言えないんですけども、とにかくこれでいろんな話が吹き飛んでしまって、バイデンさんとパレスチナ暫定自治政府のアッバス議長との会談も流れたし、ヨルダン川西岸地区の東側にあるヨルダン国王との会談も流れてしまうと。
ただ一方で、カタールというペルシャ湾岸の国を仲介として人質が2人釈放されたんです。現在まで数人、女性を中心に釈放をされているんですが、こういうところを見ると先ほども言いましたように僕はネタニヤフさん自身はあんまり侵攻したくないのかなと思っていたんです。
ところが結局10月の末ぐらいから、ガンガン地上侵攻するよとは言わないまでも、実際上は空爆をまずやって、そこに戦車と歩兵を投入して、ハマスの拠点というものをひとつひとつ、ローラー作戦というんですか、しらみつぶしという言い方もあれかもしれんけど、しらみつぶしにを潰していってるんですよね。
中島:
これがひとつはやっぱり国としての自衛権および人質を急に取られたというところで国内でもちろんその家族とか、それが安全にいるのかどうかとか、安全にいたとしても帰ってこなければどこかの段階で大変なことになるんじゃないかというところはもちろんあるんですよね。
青木:
もちろんハマスもそれを狙ったと思うんですよ。これも前回の収録のときにお話したけども、2000年代の全般にハマスがイスラエル兵を1人拉致して、それの見返りに1000人以上のハマスの戦闘員と交換(2006)と、これでハマスは人質を取ると仲間が釈放できるんだと、イスラエル政府は我々に妥協するんだと、これが成功体験としてあったと思うんです。今回は一般市民ですけどね、市民中心に200数十人を人質に取って、それがあればガザに対する本格的攻撃はないだろうというふうにたぶん踏んでたんじゃないかと思うんですよ。
ただ僕はこれについてはちょっと否定的だったんです。政権が侵攻をあるていど決意すれば、はっきり言って人質のこと、いわんやのガザ住民のパレスチナ人のことはあんまり気にしないでこれを機にガンガン侵攻をやってハマスを壊滅させると、そこまで考えるんじゃないかなと思ったんです。
人質をいわゆる人間の盾にして自分たちを守ると。これが僕は成り立たないんじゃないかなと思ったのは、ひとつは第二次世界対戦中のアメリカの原爆投下があるんですよ。広島にね原爆投下しましたよね。あのときにアメリカ軍は広島にアメリカ軍の捕虜収容所があるのを知っていたんです。だからあそこに原爆を投下すればアメリカ国民が犠牲になることはわかっていたけれども、それが原爆投下を防ぐための盾にはならなかった。もちろん日本軍も盾にしようと思ってあそこに置いていたわけじゃないんだけども、そういうことを思い出して、人質が盾になるのかと、僕はそのことはイスラエル政権は、やるとすれば考えないだろうなと思ってた。今のところそんな感じなんですよね。
中島:
今の現状を言うと、それとひとつ、アメリカが自分たちが攻撃を受けたということでシリアとかでもいろいろちょっと衝突というか、爆撃が起こっているので、そこのところも発展していかないだろうかという心配がずっとありますね。
青木:
ずっとありますよね。この地図で言うとガザ地区が主たる戦場なんだけども、レバノン南部にいるいわゆるヒズボラというシーア派の民兵組織。シリアとかイランから支援を受けているんですが、このヒズボラがイスラエル本国にロケット弾、あるいはミサイル攻撃、これをやっている。それに対する反撃も行われるし、おっしゃったようにシリア空軍の基地なんかもアメリカ空軍が爆撃をしていると。
イスラエルに実はアメリカ軍が常駐していまして、イスラエルとアメリカって軍事同盟は結んでいないんだけど、あからさまな軍事同盟は結んでいないです。これはアメリカがアラブ諸国を怒らせてはまずいというので。ただ実際は軍事同盟にほぼ近いものがあるんですけどね。
そのイスラエルにいるアメリカ空軍がシリアを爆撃すると。このまま行ったらパレスチナだけじゃなくて中東世界全体が大きな動乱になる。そうなることはたぶんみんな望んでいないんですよ。
中島:
そうなんですよね。みんな望んでいないけど、ひとつひとつの決断がそっちの方向に進んでいっているという、第一次世界大戦も第二次世界大戦もそうだったんですけど、ひとつひとつの「こっちのほうが良いだろう」と良かれと思ってやっていたことが最終的に終わってみたらあのときの判断が間違っていたねということの連続なんですよね。
青木:
おっしゃったように第一次世界大戦も第二次世界大戦も世界戦争を起こす気なんかなかったんですよ、みんなね。ところが始まってみたら結局収集がつかなくなって、あんなにでかい戦争になっちゃった。下手をすれば今回もその可能性は十分にあるわけです。
中島:
本当に出口がまったく見えていないですよね。
青木:
そういう中で今日の朝に入ってきた情報なんですが、なんとめちゃんこ対立しているサウジアラビアとイランが首脳会談を行ったと。サウジアラビアは国王陛下がおられますけども、今実際に政権を回しているのがムハンマド皇太子、若い人ですよね。とイランのライシ大統領。強硬派として知られている人なんですが、この両者が対談を行って、内容はまだ十分に伝わってきていないけども、双方に鉾を収めるようにと。
はっきり言ってたとえばハマスに「君やめろよ」と言って影響力を持っているのは一番はイランなんです。
一方、イスラエルに対して「ガザ侵攻をやめなさい」と、これが効くのはもちろんアメリカなんだけど、アメリカ大統領もブリンケン国務長官も言えていないんです。
中島:
ひとつはアメリカの国力が落ちてしまったというところは否めないのかなというふうに思うんですよね。
青木:
はっきり言って少なくともこの5、6年は中国をどうするかで一生懸命。と思っていたらウクライナ侵攻も始まってロシアも大変だと。よく言われているけど、中近東におけるアメリカのグリップというか、プレゼンスが非常に低下していると。
そういう中、それを埋めるものとしてサウジアラビアがイスラエルに対して「これちょっとやめたほうが良いよ」と。しかも本当に対立しているイスラエルとイランです。だってイスラエルがなんでサウジアラビアと仲良くしようとするか、サウジアラビアがなんでイスラエルと仲良くしようとするか、イランが怖かったからなんですよ。ところがそのイランとサウジアラビアが首脳会談をやって「なんとかしましょう」と。これはちょっと僕は希望を持っても良いのかなと思ってるんですけどね。
中島:
イランがどう動くかというところがひとつ大きなポイントじゃないかなという。ただ、本当に誰も望んでいないんだけれども結局こんなことになっているという。結局いろんな人たちを巻き込んでるから、なかなかうまくこうコントロールできていないというのが実情じゃないかなと僕は思うんですけどね。
青木:
本当におっしゃる通りなんです。このチャンネルでは事態の進行について話すということもやりますけども、一方で、僕らって本当に、歴史の教師を僕はやっていますけれども、世を知らないんですよね。世を知らない俺がびっくりしたのが、5年ぐらい前だったかな、イスラエルに日本のとんこつラーメンのお店ができたと。
ユダヤ教徒って豚は食べないし、タブーなんですよね。豚がタブーって洒落てるみたいだけど。イスラム教徒も豚はダメなんですよ。そこでとんこつラーメンの店?って調べてみたら、豚を食べるユダヤ人もいると。それを含めて、僕はあまりにもイスラエルの現状とかを知らなさすぎた。もういっぺん勉強し直して、イスラエルという国、あるいはユダヤ人という人たちがどういう人たちなのか、そしてそのまわりのアラブの国々がどんな歴史を持っているのか。これからニュースに接するときに必要な知識になるんじゃないかと。
中島:
それから参考とか指針になるかもしれないですよね。
青木:
そうですね。ということで、番組の内容については私よりも勉強されたかたからいろいろご批判もあったり、内容についてこれはどうかという話もありますので、そういうものには誠実に我々対応してまいりますから、今後ともよろしくお願いします。
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