巴御前(鎌倉殿の13人は何説か?) 【誰も得しない日本史 by のぶた】

更新日:4月29日

巴御前は、木曽義仲に付き従った女性です。

義仲の乳母父、つまり育ての親の中原兼遠の娘です。

かなりの確率で、2人は幼なじみですね。


巴御前は、力が強く武勇にたけ、弓も上手い女武者だったといわれています。

後白河法皇から”使い捨ての駒”にされて、負けが続いた木曽義仲が宇治川の戦いで負けても、ずっと木曽義仲に付き従っていました。


最後は、「お前まで死ぬことはない」ということで、木曽義仲から無理に戦場から落ちのびさせられました。


その後の巴御前の行方を、『源平盛衰記』からみてみましょう。

落ち延びた巴御前は、信濃に帰りますが、後に源頼朝によって鎌倉に呼びつけられます。

木曽義仲に縁のある、巴御前のクビを斬るためです。


しかし、なぜか和田義盛が巴御前を斬らないようにと頼みこみます。

命は助けられた巴御前は、和田義盛に嫁いで朝比奈義秀を産みました。


頼朝が死んだあと、和田合戦という事件で、和田義盛はピーに討たれます。

その後、巴御前は越後国石黒(新潟県高柳町)に移住して尼となり、91歳まで生きたといいます。


大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、落ち延びる途中に源頼朝方と戦闘になり、その強さを和田義盛に気に入られて捕らえられましたね。尺があれば、今後また登場するかもしれません。


なお、巴御前を取り扱った能に、『巴』があります。




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