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歴史部(世界史)―ペルシア戦争とサラミスの海戦

9月24日
読了時間: 5分

重要なポイント

  • 約5年間参加したAさんにとって、今回が最後の授業となった

  • 古代ギリシアのペルシア戦争を学習した

  • マラトンの戦い、テルモピレーの戦い、サラミスの海戦の経緯と意義を確認した

  • サラミスの海戦を支えた無産市民の軍役と、アテネ民主制の発展との関係が重要な論点となった

  • 参加者全員が質問し、活発な議論が行われた

議論されたトピック

Aさんの卒業挨拶・送別

のぶた先生から、Aさんが2021年2月から約5年間参加し、今回が最後の授業となることが伝えられた。授業の最後にはAさん本人からも挨拶があった。

詳細

  • のぶた先生:長期にわたる参加への感謝と、今後の活躍への期待を伝えた

  • Aさん:小学生の歴史クラブ時代から学び、歴史を通じて多様な視点と「何かを伝える力」を身につけたこと、今後も知識と経験を活かしたいことを述べた

結論

  • Aさんの長期にわたる参加に感謝が示され、今後の活躍が期待された

ペルシア戦争の背景とイオニア植民地の反乱

Bさんが該当箇所を音読し、ペルシア戦争の発端を確認した。

詳細

  • Bさん:紀元前500年、アケメネス朝ペルシアの支配下にあったミレトスを中心にイオニア植民地の反乱が起こり、アテネの支援がペルシアを刺激して、ダレイオス1世がギリシア遠征を決意したことを読み上げた

  • うえまつ先生:ダレイオス1世がアケメネス朝ペルシア全盛期の君主であること、ミレトスが現在のトルコ西部に位置することを補足した

結論

  • イオニア植民地の反乱へのアテネの支援が、ペルシア戦争の直接的な引き金となった

マラトンの戦い(紀元前490年)

Cさんが該当箇所を音読し、マラトンの戦いを確認した。

詳細

  • Cさん:ダレイオス1世がギリシア本土へ侵攻軍を送り、アテネ軍がプラタイア軍の支援を受けてペルシア軍を破ったことを読み上げた

  • うえまつ先生:この戦いが、現代の陸上競技「マラソン」の名称につながったことを補足した

結論

  • アテネ側の勝利によって、ギリシア世界におけるアテネの影響力が増した

テルモピレーの戦い(紀元前480年)

Dさんが該当箇所を音読し、クセルクセス1世によるギリシア遠征とテルモピレーの戦いを確認した。

詳細

  • Dさん:ダレイオス1世の死後、クセルクセス1世が遠征を実行し、レオニダス率いるスパルタ兵約300名を含むギリシア軍が、ペルシアの大軍とテルモピレーで戦ったことを読み上げた

  • Eさん:「300人がどのような作戦で十万人のペルシア軍を破ったのか」と質問した

  • うえまつ先生:テルモピレーはスパルタ側が敗れた戦いであり、300名がペルシア軍を全滅させたわけではないことを説明した

結論

  • テルモピレーの戦いではギリシア側が敗れ、その後のサラミスの海戦が形勢を変える契機となった

サラミスの海戦とアテネ民主制

Aさんが該当箇所を音読し、サラミスの海戦の経緯と意義を確認した。

詳細

  • Aさん:テミストクレスがラウレイオン銀山の収益を艦隊の整備に充て、三段櫂船の漕ぎ手を担った無産市民が軍事的役割を果たしたこと、フェニキア艦隊を主力とするペルシア海軍にギリシア側が勝利したことを読み上げた

  • うえまつ先生:重装備を自費で用意しにくい無産市民も漕ぎ手として軍役を担い、その政治的な発言力が増したことを強調した。続くプラタイアの戦いとミカレの戦いでもギリシア側が勝利したことを説明した

結論

  • サラミスの海戦で無産市民が果たした役割は、その後のアテネ民主制を強める一因となった

  • ペルシア軍を退けた後、アテネを中心にデロス同盟が結成された

無産市民の参加は自発的だったのか

Aさんの質問をきっかけに、無産市民が自発的に参加したのか、動員されたのかを議論した。

詳細

  • Aさん:無産市民が自主的に参加したのか、上から動員されたのかを質問した

  • うえまつ先生:授業中に学術書を参照し、強制動員を明記した記述は確認できず、自発的な参加とみる解釈を紹介した。ポリスを守る軍役を果たしたことが、政治参加を求める根拠になったとも説明した

結論

  • 授業では、自発的参加とみる解釈が紹介された。ただし、参加の実態を一律に確定できるかは、史料をさらに確認する必要がある

三段櫂船の攻撃方法

Bさんの質問をきっかけに、三段櫂船の戦い方を議論した。

詳細

  • Bさん:船首の金属製の突起が攻撃に使われたと聞いたが、なぜ弓矢ではなくその方法を用いたのかを質問した

  • うえまつ先生:青銅製の「衝角(ラム)」で敵船に体当たりする戦法が中心だったと説明した

  • のぶた先生:波の上で動く船を射る難しさや、漕ぎ手が船内にいることから、弓矢だけでは相手の推進力を止めにくかったのではないかという見方を示した

  • うえまつ先生:サラミスの狭い海域で地の利を活かしたことも、ギリシア側の勝因の一つだったと説明した

結論

  • 三段櫂船では衝角による体当たりが重要な戦法だった

  • 弓矢も海戦で使われた記録があるため、授業では、衝角と弓矢の役割や有効性の違いを検討した

ラウレイオン銀山の場所と収益の使い方

Dさんの質問をきっかけに、ラウレイオン銀山について議論した。

詳細

  • Dさん:平時の収益の使い方と、銀山の所在地を質問した

  • うえまつ先生・のぶた先生:地図を共有し、ラウレイオン(現在のラブリオ)がアッティカ半島南東部に位置することを確認した

  • うえまつ先生:紀元前483年頃の銀山収益を市民に分配せず、テミストクレスの提案によって艦隊整備に充てたことが、サラミスの海戦に間に合ったと説明した

結論

  • ラウレイオン銀山の収益を艦隊整備に用いたことが、サラミスの海戦の勝利に大きく寄与した

マラソン競技の由来とヘロドトスの記録

Aさんの質問をきっかけに、マラソン競技の由来と伝承の記録時期を議論した。

詳細

  • Aさん:マラトンの戦いに由来する話が、いつ頃から記録に残っているのかを質問した

  • うえまつ先生:古代の伝令走者について調べ、ヘロドトス『歴史』第6巻105〜106節に、フィリッピデス(写本や訳によって表記が異なる)がアテネからスパルタへ援軍要請に走った記録があることを確認した

  • のぶた先生:ヘロドトスの該当箇所を探し、伝書鳩が知られていた時代に、なぜ人が長距離を走ったのかという疑問を示した

結論

  • ヘロドトスにはアテネからスパルタへの伝令走の記録がある

  • 今日のマラソン競技と結びつく「マラトンからアテネへ戦勝を知らせた」という物語は、ヘロドトスの記述とは区別して考える必要がある

Photo: Brogi, Themistocles, published 1911, CC0, via Wikimedia Commons

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