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豊臣兄弟ガイド 第19回「過去からの刺客」:登場人物を勉強してみた(5/18配信まとめ)


織田信忠

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1575~)1577年(天正五年):織田信忠は今?

(21歳(弘治3(1557)年生)


奇妙丸ですよね。

・1575年11月7日、秋田城介に任じられます。

・157511月28日、織田家の家督を譲られます。このとき、岐阜城も譲られ、美濃・尾張二国の支配も任されます。ドラマの初っ端のシーンは、この日というわけです。

・1577年、畿内を転戦しています。


参考文献:柴裕之『戦国武将列伝別巻1織田編』(戎光祥出版)(https://amzn.to/4u8MyMi)

池上裕子『織田信長(人物叢書)』(吉川弘文館)(https://amzn.to/4dP8FBp)


織田信孝

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1575~)1577年(天正五年):織田信孝は今?

(20歳(永禄元(1558)年生)


・1577年2月、紀州雑賀攻めに参加します。ドラマでは、最初のシーンは1575年11月だったので、そのときよりは後のことです。

・1577年11月、従五位下侍従となります。


参考文献:柴裕之『戦国武将列伝別巻1織田編』(戎光祥出版)(https://amzn.to/4u8MyMi


織田信澄

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1575~)1577年(天正五年):織田信澄は今?

(20歳(永禄元(1558)年生)


近江高島郡の支配を任された磯野員昌の養子にされたようです。


参考文献:柴裕之『戦国武将列伝別巻1織田編』(戎光祥出版)(https://amzn.to/4u8MyMi)



上杉謙信

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1575~)1577年(天正五年):上杉謙信は今?

(48歳(享禄3(1530)年生)


・1577年

 能登北部に侵攻します。富木、熊木、穴水等の諸城を落とします。

 3月5日、直江景綱が死去します。

 5月中旬、上野国新田領と足利領を攻撃します。

 閏7月初旬、能登七尾城を攻めます。

 9月15日、七尾城の遊佐続光が裏切って、謙信を城内に引き入れます。これで、七尾城が落ちたわけで、ドラマでは秀吉の家臣がいち早くこの情報を掴んでいましたね。

 9月17日、末森城を攻略します。

 9月18日、織田勢が、加賀国湊川まで攻めてきます。ドラマの秀吉勝家ケンカシーンはこのときのことです。

 9月23日、夜戦で織田勢に勝利して、千人以上を討ち取ります。このときまでに、秀吉が陣を離れたわけです。

 9月26日、七尾城の普請を始めます。

 10月25日、能登国の各城に制札を掲げます。

 12月、能登国の畠山義隆の妻と子供を連れて、春日山城に帰還します。

参考文献:矢田俊文『上杉謙信』(ミネルヴァ書房)(https://amzn.to/42FRhsK)


与一郎

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1575~)1577年(天正五年):与一郎は今?

(?歳?年生)


史実ベースでは秀長の実子(慈雲院(慶)との間の子)です(『羽柴秀吉とその一族』)。まだ子供なので、動向は分かっていません。

ドラマ的には、斎藤氏が滅亡したときに乳幼児だったので、1567年ごろの生まれです。てか、年齢を聞くシーンがあったような。。。覚えてない。あと、すごいキムタクに似てませんでした!?


参考文献:黒田基樹『羽柴秀吉とその一族』(角川選書)(https://amzn.to/4wA9Qfn)


豪姫

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1575~)1577年(天正五年):豪姫は今?

(4歳(天文2(1574)年生)


さすがに、まだ正確な動向は分からないようです。


参考文献:岩沢愿彦『前田利家(人物叢書)』(吉川弘文館)(https://amzn.to/4dOONOT)


藤堂高虎

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1575~)1577年(天正五年):藤堂高虎は今

(22歳(弘治2(1556)年生)


辞書によると、実際の出仕は天正4(1576)年のようです。300石の禄だといいます。

このころの動向は分かっていません。秀吉の戦いに従軍したり、秀長のもとでがんばっていたと考えるべきでしょう。


☆参考文献:

諏訪勝則『図説 藤堂高虎』(戎光祥出版)(https://amzn.to/4dAxyRd)

『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)

『戦国人名辞典』(新人物往来社)( https://amzn.to/4tUBSRa)

吉川弘文館『戦国武将合戦事典』(https://amzn.to/45eYv8O)


石田三成

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1575~)1577年(天正五年):石田三成は今

18歳(永禄3(1560)年生)


ドラマのように、秀吉の長浜城時代に出仕します。

史料に初登場するのは天正11(1583)年なので、正確な出仕年代は不明です。

このころの動向はわかりません。


☆参考文献:

『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)


平野長泰

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1575~)1577年(天正五年):平野長泰は今

19歳(永禄2(1559)年生)


ドラマでは、このタイミングで秀吉に出仕しますが、『戦国人名辞典』によると、実際の出仕は天正7(1579)年のようです。


☆参考文献:

『戦国人名辞典』(新人物往来社)( https://amzn.to/4tUBSRa)


片桐且元

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1575~)1577年(天正五年):片桐且元は今?

(22歳(弘治2(1556)年生)


ドラマのように、秀吉の長浜城時代に出仕します。

辞書で言及されているのは、賤ケ岳の戦いからなので、正確な出仕年代は不明です。後日、ほかの本なども調べてみたいです。


☆参考文献:

『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)


加藤清正

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1575~)1577年(天正五年):加藤清正は今?

(16歳(永禄5(1562)年生)


すでに小姓として、秀吉に仕えています。

天正元(1573)年ごろには、長浜のあたりに170石を与えられていました。


☆参考文献:

『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)


福島正則

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1575~)1577年(天正五年):福島正則は今?

(17歳(永禄4(1561)年生)


幼少のころより、秀吉に仕えていたとありますので、ドラマの時点でも秀吉に近侍していたと思います。釣りに行ってる場合か!?


☆参考文献:

『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)


筒井順慶

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1575~)1577年(天正五年):筒井順慶は今?

(29歳(天文18(1549)年生)


元亀年間に、信長に降っています。

松永久秀と大和国で争っていたのですが、松永久秀が信長に反乱したので、順慶が大和一国をまかされます。ただし、明智光秀の配下という扱いです。


☆参考文献:

『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)


荒木村重

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1575~)1577年(天正五年):荒木村重は今?

(42歳(天文5(1536)年生)


・1575年11月、摂津守と称しています。

・越前国一向一揆攻めに参加して、播磨方面を担当します。

・摂津一国を任されます。

・有岡城を拠点としています。

・1576年、石山合戦に参加しています。大坂本願寺の近くで、秀吉や光秀と苅田の相談をしています。

・1576年8月20日のフロイスの書簡によると、村重は摂津で本願寺の浄土真宗の信仰のみは認めたといいます。

・1577年2月、紀伊国雑賀攻めに参加します。秀吉が対中国方面の司令官となり、村重は秀吉の援軍として播磨国の上月城へと出陣します。


☆参考文献:

『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)

池上裕子『織田信長(人物叢書)』(吉川弘文館)(https://amzn.to/4dP8FBp)


豊臣秀長

#豊臣兄弟 第19回「過去からの刺客」(1577年(天正五年):豊臣秀長は今?

(37歳(天文10(1541)年生)


・天正3(1575)年10月、ドラマではまだですが、秀吉がこの年に播磨城を攻略します。その後、秀長に播磨城の普請を命じます。そして、秀長を播磨城代とします(『信長公記』)。


☆参考文献:河内将芳『図説 豊臣秀長』(戎光祥出版)(https://amzn.to/4eAfDv7)


豊臣秀吉

#豊臣兄弟 19回「過去からの刺客」((1576~)1577年(天正五年):豊臣秀吉は今?

(41歳(天文6(1537)年生)


・1576年4月1日、信長が安土城の普請を始めます。秀吉も業務を担います。ドラマでは、藤堂高虎がしゃしゃり出てましたね。

・1576年3月、毛利氏との取次にあたります。

・1576年7月1日、安土城の普請に功があったとして、信長から大軸の絵を賜ります。

・1576年7月15日、京都を出発して、西国の境界に向かいます。

・1576年7月15日、小寺(黒田)孝高に「弟小一郎同然に大切に思っている」という書状を送ります。

・1577年2月9日、信長の紀州雑賀攻めに従います。

・1577年8月8日、柴田勝家の七尾城攻めに従いますが、勝手に帰還します。ドラマでもバチバチでしたね。

・1577年10月10月、この辺は次回(20回)のようです。


☆参考文献:

藤井譲治『豊臣秀吉』(ミネルヴァ書房)(https://amzn.to/4dlVeaT)

柴裕之『図説 豊臣秀吉』(戎光祥出版)(https://amzn.to/4uhsUgT)


慶(慈雲院)

#豊臣兄弟 第19回「過去からの刺客」((1576~)1577年(天正五年):慶(慈雲院)は今?

(?歳寧々ぐらいの年齢?(?年生)


・天正14(1586)年、『多聞院日記』にて、歴史に初登場します。

なので、このころの動向は不明です。


『羽柴秀吉とその一族』によると、秀長の最初の嫡男の与一郎(1568年ごろ生まれ)が慈雲院の実子だと推定されるそうです。

ドラマでは、慶の子ではあっても、秀長の実子ではないという話になりましたね。てか、ドラマの与一郎くんって、やたらとキムタクに似てませんか?


☆参考文献:黒田基樹『羽柴秀吉とその一族』(角川選書)(https://amzn.to/48Oxt9Z)


本多忠勝

#豊臣兄弟 第19回「過去からの刺客」((1576~)1577年(天正五年):本多忠勝は今

30歳(天文十七(1548)年生)


長篠の戦いのあと、まだ調べがついていません。


☆参考文献:

『戦国時代人物事典』(学研)(https://amzn.to/4sJJxjU)

『戦国人名辞典』(新人物往来社)( https://amzn.to/4tUBSRa)

吉川弘文館『戦国武将合戦事典』(https://amzn.to/45eYv8O)



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