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ニクソン、そしてケネディとマリリン・モンローは・・・ 【青木裕司と中島浩二の世界史ch:6】



世界史参考書の超ロングセラー『青木裕司 世界史B講義の実況中継』シリーズの青木裕司先生と、福岡を中心に活動する人気タレント中島浩二さんの青木裕司と中島浩二の世界史ch」の文章版です(許可を得ています)。


中島:

歴史を紐解けば未来が見える。大人の世界史チャンネル、中島浩二です。我々の道標、紹介しましょう。河合塾、世界史のカリスマの先生、青木先生です、よろしくお願いします。前回ニクソンを再評価しても良いんじゃないか。ウォーターゲートのあのとんでもないというに評価されているニクソン、アメリカの大統領、歴代でどの人が良いですか?というので、ほぼ下位の。


青木:

ビリがよくあるんですけど。


中島:

唯一辞任した大統領。ただ思うのは、先生から言われて「あ」って感じたんですけど、全部が全部悪いとか、全部が全部良いということはないですよね。


青木:

それは非常に大事なところですね。これから特に勉強する若い人たちに言いたいんだけど、あるものを見るときは多角的に見ないとダメなんです。どんな歴史的事実も、どんな人物も、100、0という人はいないんです。僕はたとえて言うんだけど、たとえヒトラーでも国民の支持はあったわけで、あれを怪物だと言ってしまったら話は終わりなので。


中島:

結局なんであんなことになっちゃったのかというのをきちんと検証しなければ、またそんなことになっちゃうよというところはありますよね。


青木:

一面だけを見てそれを全否定したり、あるいは賛美したり、それは絶対やっちゃダメですね。


中島:

だから考えたら歴史というのも本当にいろんな見方があるので、この大人の世界史チャンネルも、大人の世界史チャンネルで我々がこう話している中でも違う意見というのはもちろんあってしかるべきだと思うけども、今の時代ってそれを攻撃するような。


青木:

そればっかりなんですよね。


中島:

世の中になっちゃってるじゃないですか。お互い意見が違うのであれば、その意見を戦わせてお互いを理解するということがやっぱり大切なのかなというふうに思いますよね。


青木:

特に我々の民主主義社会というのはそれが前提ですからね。お互いがお互いの立場を尊重しながら是々非々で議論していくということですね。


中島:

ニクソンは再評価されて然るべきだと。


青木:

外交の面で彼は大きな仕事をしましたね。


中島:

どういう感じだったんですか?


青木:

ひとつにはソビエト連邦ですね。当時、アメリカとソビエト連邦は対立していましたけども、ソ連との間の軍縮を進めていった。核兵器の軍縮だって進めていったんですよね。もちろんソ連もアメリカも核兵器を開発するのにお金がいっぱい必要で、それで苦しんでいたというのはあるけども、なかなかじゃあ削減しましょうと言えなかったんですよ。その足掛かりをニクソンは作っていった。


中島:

これってひとつキューバ危機というのがあったんですかね。


青木:

それもあったと思いますね。核戦争の一歩手前まで、1962年に行っちゃったので。


中島:

1962年にキューバ危機という核戦争の一歩手前まで行ったんですよ。しかも本当に情報が錯綜するから、実は撃てという命令が間違ってソ連側に出て、原子力潜水艦に乗っていた人が「ちょっと待て、これ本当かどうか」という、ことまであったらしいですね。


青木:

そうですね。今みたいにワシントンとクレムリンの間にホットラインがなかったので、米ソ首脳のやりとりが電報なんですよ。信じられないですけどね。


中島:

実はこのキューバ危機のあとにできるんですよね、ホットラインが。


青木:

直通の電話回線。


中島:

直通の電話回線ってどんな感じなんだろうなと思って。


青木:

普通に「はーい」って。


中島:

いやいやいやいや。


青木:

やってるらしいですよ。


中島:

本当ですか。リーンって鳴ったら、ドキーって、俺がそこの担当官だったら、リーン、「うわあああ、なんの話?」って。


青木:

結構普通の会話もやってたという話がありますけどね、あれで。


中島:

そうですか。結局そういうところでキューバ危機というのがケネディ大統領のときにあったので、ニクソンのときに、当時でソ連もアメリカもかなりの核兵器。


青木:

何万発のレベル、核弾頭だけで。


中島:

ということなんですよ。だからとんでもないね。


青木:

もしやってたら、地球、20回か30回ぐらい崩壊してもおかしくなかった。


中島:

というぐらいのものなんですよね。


青木:

その核軍縮の道筋を作ったと。もうひとつは、こじれにこじれていたアメリカと中国の関係、国交正常化に向けての大きな舵を切ったということですね。いわゆる米中接近と言いまして、戦後の国際関係の変化の中でも最大級の変化だと言って良いですね。


中島:

ちょうど日本が中国と国交正常化したぐらいの時期ですよね。


青木:

日本が国交正常化を中国とできたのも米中接近があったからですよね。


中島:

そういうことですか。


青木:

それ抜きではできないですね。


中島:

そういうことだったんですね。


青木:

そのときの外交史料というのが今公表されてるんですよ。それを読むと、たとえば当時のアメリカの大統領ニクソンと、当時の中国の首相だった周恩来、ツートップですよ、国際社会の。これが直接議論するんですね。その会話の記録なんかが残ってるんだけど、これを読むとまずわかるのが、ニクソンというのが非常に深い教養を持った人間だとわかります。外交って国と国との付き合いなんだけど、基本的には人間と人間の付き合いで決まるんですよね。


中島:

これ知らなかったんですけど、国を背負って一対一で対峙したときに、本当に相性が良いかどうかってものすごいらしいんです。実は安倍さんとプーチンさんが仲良かったって、あれは意外と、領土はなかなか難しい問題だからあれだけど、意外と仲良いというのはすごいでかいらしいですね。


青木:

最初の10分か20分ぐらいは腹の探り合いをするんですよ。そのときになにを見るかといったら、相手の人間がどれくらいの人間なのか、特に教養ですよ。教養がなかったらバカにされるみたいですね。お互いに教養があることがわかり合うと、思想的には違っていても腹を割って話し始めるんです。


中島:

ということはニクソンもかなりの教養があって、周恩来とそういう話をして。


青木:

それができる人間だったんです。


中島:

米中接近があったからこそ日本も日中国交正常化。


青木:

これができたんですね。


中島:

パンダがやってきて、福岡市動物園。ディレクター、笑ってるけどな、お前知らないけど、大フィーバーでしたよね。あのときにパンダ外交なんて全然知らないから、こっちは。


青木:

パンダ外交、しゃべりたいな。これもう30年前からやっているんです、中国は。アメリカを味方に引き入れるためにね。


中島:

そこまで使って外交をやるって本当にしたたかっちゃ、したたかですよね。


青木:

パンダがすごいって話じゃなくて?


中島:

先生、時間的なものを考えると、ニクソンの前のケネディ大統領の話。ニクソンが大統領選挙でケネディに破れたというところもありましたから。


青木:

1960年のね。


中島:

このケネディという人がさっき言ったキューバ危機を乗り切った人。


青木:

そうですね。今日は本を持ってきたんですけども、小学生のときに読んだ、世界のノンフィクション。むさぼるように読みましたね。


中島:

先生の自慢の蔵書、小学生のとき。本当ですか。戦うケネディ。


青木:

国内においてはたとえば人種差別と戦ったり、一方で彼、いろんな波乱万丈の人生を送ってきてるんですよね。大学のときにケガをしたり、背中にコルセットを入れたりしているんですよね。太平洋戦争のときには魚雷艇の艇長として参加して、日本の駆逐艦に撃沈されたり。


中島:

そんなことがあったんですか。


青木:

傷ついた部下をイカダに乗せて、彼はもともとハーバードの水泳の選手だったので、それでイカダを引っ張って泳いで、みんなを助けたんです。いろいろあって、若干43歳で大統領になるわけですね。


中島:

すごいことですよ、これ。


青木:

ところが1933年に彼は



中島:

ダラスで。


青木:

暗殺されるわけですね。


中島:

これはもうね、アメリカ中が悲しいんだって、いろんな映画でもドラマでも描かれているし、それだけ愛されていた人ですよね。


青木:

と思いますね。やっぱり若かったと、決定的だったんですよね。僕も当時小学校1年生だったけど、ケネディが暗殺された次の日だったかな、月曜日に学校に行くじゃないですか。小学校1年生の教室が「ケネディが暗殺された」その話題で持ちきりだったんです。そんな時代だったんです。僕らの世代、僕64歳なんですけども、僕らの世代の人間にとって外国はアメリカだったんです。外国人は全部ケネディだったんです。それが死んじゃったというのは大きかったですね。さっきキューバ危機の話をされたでしょ。アメリカがキューバに社会主義政権ができた、許さないというので、亡命してきたキューバ人たちを組織して侵攻作戦をやらせるんですね。それでまた関係が悪くなっていくんだけども、そのことについてこの本の中に書いてあったんですよ。亡命キューバ人を利用した侵攻作戦に失敗するんですね。これで国民的に批判を浴びるんです。するとケネディがどうしたかというと「これは私の間違いであった」とはっきりと自分のミスを認めたんですよね。


中島:

これが本当に、大統領が間違いだったと認めるってなかなかないことですよ。


青木:

それに対してアメリカの国民がものすごく寛容だったの。それにちょっと感動したんですね。政治家ってミスすることもあるじゃないですか。そのミスをミスとしてしっかり認めれば再発は防げるわけで、そういった指導者の姿勢に対しては、国民は非常に寛容な態度を示してくれるというか。


中島:

これがキューバから手を引くんですよね。でもキューバから手を引いたことによって、よく言われますけれども、いまだにいろんな人たちが研究していますが、この暗殺のことについての事実というのがどこにあるのか。




青木:

このへんがね、まだ謎は解けないですね。


中島:

そうですね。本当にいろんなことを言われます。もしかしたらいろんな組織の利害関係が一致したんじゃないかというふうに言われますね。ケネディがいなくなることによって。


青木:

それで利益を得る集団がいくつかありますのでね。


中島:

というふうなことでいろんな小説とか、私もいろんな本を読みましたけれどもそこには書かれている。このレコードが。


青木:

ケネディが存命中にLDが出るんですよ。




中島:

先生、大人の世界史チャンネルで先生のお宝拝見みたいな感じに。でもケネディのレコードですか。


青木:

そのLDからシングルアップされた曲があって、これ結構ヒットしたんですよ。


中島:

嘘、世界的に?


青木:

まあまあ。日本のラジオからも結構流れてました。


中島:

嘘でしょ。





青木:

レコード会社がリプリーズという会社で、フランクシナトラが社長をやってる会社。実はフランクシナトラはケネディのサポーターなんです。なぜかというと、シナトラさん、イタリア系アメリカ人でしょ、宗教的にカトリックなんですよ。ケネディも実はアイルランド出身で、アイルランドといえばカトリック。彼はカトリック教徒で最初の大統領ですね。



中島:

実はプロテスタントの大統領ばっかりですから。ケネディってカトリックだったんですか。それも知らなかった。


青木:

アメリカの国内でいうと、どっちかというとマイノリティなんです。


中島:

そうなんですね。


青木:

ヒットしたんですよね。うれしくて持ってきちゃった。


中島:

ここまで下世話な話になったので、今日は下世話な話で終始しちゃいますけど、マリリン・モンローは彼女だったんですか?


青木:

間違いないですね。状況証拠なので、あくまで個人的見解ですけども。




中島:

だって有名な、マリリン・モンローが、「ハッピバースデートゥユー、ハッピバースデーミスタープレジデント」あの誕生日パーティーのときにジャクリーンいなかったらしいですね。マリリン・モンローが来るというので、ジャクリーンは出席しなかったって。


青木:

それは知らなかった。


中島:

状況証拠ですけどね。



青木:

なるほどね。


中島:

なるほどねというか、大人の世界史チャンネルが5回目にして別の意味の大人の。いやでもマリリン・モンローからも見えてくるいろんなアメリカの歴史ってありますよね。


青木:

ありますね。


中島:

だって日本に新婚旅行にジョー・ディマジオと来ましたけれども、慰問に行ってるんですよ、朝鮮戦争の。それは国からの依頼ですよね。




青木:

そうですね。1950年から53年まで朝鮮戦争がありますけども、そのときに来てるんですよね。


中島:

福岡にも来ているんですよ。そしてロイヤルのオニオンスープを飲んでいるんですよ。そしてロイヤルのオニオンスープはやっぱりおいしいというので、何日間か通うんですよね。


青木:

そうそう。


中島:

だって福岡の確かアメリカ領事館ですかね、マリリン・モンローのサインがあるとか聞いたことあるんですけど。


青木:

そうですよね、アメリカ領事館の大濠公園。


中島:

そうです。だからすごいんですよ。

話は尽きませんけれども、そろそろアメリカを離れて違うところの国をやっても良いかもしれないですね。


青木:

そうですね、だいぶアメリカ、しゃべり倒したので。


中島:

大人の世界史チャンネル、ぜひ登録をよろしくお願いします。





















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