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映画でみる第二次世界大戦【青木裕司と中島浩二の世界史ch:0023】



世界史参考書の超ロングセラー『青木裕司 世界史B講義の実況中継』シリーズの青木裕司先生と、福岡を中心に活動する人気タレント中島浩二さんの青木裕司と中島浩二の世界史ch」の文章版です(許可を得ています)。


中島:

歴史を紐解けば未来が見える。大人の世界史チャンネル中島浩二です。そして河合塾のカリスマ講師、世界史の青木先生です。よろしくお願いします。

 

青木:

お願いします。

 

中島:

年末年始の特別バージョンということで青木先生の書斎からということなんですが、特別バージョンなので、簡単に映画で見る世界史、特に第二次世界大戦という、そんな話を展開していこうという、先生の大好きな大好きな映画「サウンド・オブ・ミュージック」これはオーストリアで暮らすトラップ大佐。ドイツの支配下に入っていて、だんだん空気が悪くなっていく中で、どんどん人の心がすさんでいって、そんな中での音楽とか家族を守るだとか、全部が凝縮されていますよね。


青木:

おっしゃったように映画のすばらしさというか、それが全部集まった、そういう映画ですよね。家族愛、友情、それから歴史の重さ、すばらしい音楽、そしてオーストリアアルプスの圧倒的な自然ね。ザルツブルグの美しい街並。世界で一番愛されてきた映画じゃないですかね。

 

中島:

僕は思うんですけど、どうしても20代の後半から30代の半ばぐらいまでは歴史の映画に関してはちょっと離れて、ドキュメンタリーをよく好んで見るということが多かったんですね。でもドキュメンタリーというのは、そこにカメラが入っていって事実を伝えるんだけれども、それだけじゃ伝えられないいろんな人の心だとか、そういうのが実は映画では描けるのかなというふうに40代になって思いだしたというか。

 

青木:

確かに映画ってフィクションの部分も多いんですよね。それは文学作品、小説なんかもそう。だけど確かにフィクションと言ってしまえばそれだけなんだけども、天才が作るフィクションってね。


中島:

そうなんですよ。結局カメラが入っていかなければわからなかったようなところをちゃんと物語で描いてくれてるんですよね。

 

青木:

そこがすばらしいんですよね。

 

中島:

しかも結局アメリカに最終的には亡命するトラップ大佐の一家。実は実在の人なんですよね。

 

青木:

そうですね。もともとオーストリアの海軍の軍人だったトラップ大佐。そこに家庭教師としてやってきたマリアさん。修道女だったんですけども、見習い修道女だったんだけども、ちょっと合わないねというので家庭教師に行くわけですよね。


中島:

僕、子供のときはドレミの歌の映画と聞いて、ドレミの歌の映画といったら小学校のガキにとっては、学校の音楽の教科書のあの歌の?というふうに思ったんですが、大人になって見て、これはすごい映画だなというふうに思いました。

 

青木:

隙のない映画ですよね、展開もすばらしいし。音楽が、曲を作ったのがリチャード・ロジャースという人と、オスカー・ハマースタイン2世という2人なんですけども、次々と名曲が出てくるじゃないですか。しかも元腕が良いものだからポップスでも歌われたり、あるいはジャズの演奏になったりとかなるんですよね。

 

中島:

特にエーデルワイス。

 

青木:

エーデルワイス、良いですね。オーストリアの第二国歌と言われるやつで、実は僕、高校のときに英会話クラブにいたんですよ、明善高校のESSというクラス。そこでエーデルワイスを毎日歌ってました、みんなで。そういう気持ち悪い高校生だったんです。

 

中島:

僕が高校のときは本当、やさぐれてました。

本当にすばらしい映画なので見ていただきたい。それから先生が今日用意してくれた中では、これも行きますか。「プライベート・ライアン」これはスピルバーグ監督が撮った映画ですけれども、ノルマンディー上陸作戦から始まる。


青木:

そうですね。最初の20分以上が上陸のシーンなんですけども、文字通り戦場を再現したというね。

 

中島:

結局フランスがナチスの支配下になっていて、それであのノルマンディーというところを、実はナチスはノルマンディーもちょっとやばいからちゃんとしておかなきゃいけないというふうに軍人は言うんですけど、ヒトラーが「それはもう良いよ」というところがあったみたいですね。その手薄になっているノルマンディーという、作戦的にはD-dayというところに、それはそれはすごい船団で行くんですけれども、その船団で行くということは、もちろん守りを固められていますから、戦車とかを運ぶ船、船がガーッと開いて、海岸について船で車のダーッと行くというところで、兵隊さんもいる中で、ガーッと開いた瞬間、ピュンピュンって。


青木:

あのシーンは衝撃的だったですね。

 

中島:

衝撃でした。僕は映画館に観に行ったんですけど、女性で20分耐えられなくて、早々に映画館をあとにしている女性とかもいました。

 

青木:

僕もときどきそういうことがあるんですよね、耐えられないということがね。

 

中島:

特にスピルバーグ監督は、どうやら当時のカメラを使って、実際に中にカメラを入れ込んでということだから、あのガーッと揺れている感じとかがものすごくリアルに映ったんじゃないかなと思いますね。

 

青木:

スピルバーグのおじいさんも従軍の経験があるんですよね。おじいさんも含めて多くの兵士が戦場から帰ってきて戦闘神経症という精神のバランスを崩してしまう。それがこの映画を撮りたいと思ったきっかけだった。それによって戦った人たちの傷を癒すという、そういったこともあったらしいですね。

 

中島:

そうなんですね。特にトム・ハンクスがずっと手が震えている。あれは症状の一番最初の現れじゃないかなというふうにも言われるし、マット・デイモンを見た瞬間、どういう映画かというと、簡単にいうと、アメリカの田舎街に4人兄弟がいるんですけど、実は上3人が3人とも第二次世界大戦で戦死している。だから国家としては4人目の一番生き残っている弟、二等兵なんですけど、「プライベート・ライアン」って「ライアン二等兵」という意味なんですけど、その二等兵をどうしても生きたままお母さんのところに送り届けようというふうに国家が思うんですね。それでたかだか6人7人ぐらいの小さな部隊を作って、そのライアン二等兵を探しに行ってこい、連れて戻って来いと。「俺たちも同じ兵隊で同じ命なのにどういうこと?」というところからですよね。


 青木:

それで途中でいろいろ激しい戦闘シーンがあって、なんだかんだね。

 

中島:

しかも映画の撮影は、マット・デイモンはずっと実はリゾート地でプールで自分の撮影まで遊んでいたらしい、遊ばせていたらしいんですよね。でもトム・ハンクス以下、救出に行く役者さんたちは実際に軍に研修に行って、とんでもない、ずっといろんな研修を受けて、訓練を受けて、「なんだこれ」って。しかもそこにまた情報が流れるらしいんですよ、「マット・デイモンはどうやらリゾートで遊んでるらしい」と。「なんなんだこれ」って。それでバラバラになりそうだけど、そこでトム・ハンクスが「とにかくスピルバーグが撮ろうと言ってるからみんなで頑張って撮ろう」ということで、その訓練研修が終わって、撮影もずっと会わないまま、本当にあのシーンで初めて会うらしいんですよ。そのときに「ハッ」という顔をするらしいんです。そのリアルを撮ったらしいです。

 

青木:

仕組みますね、スピルバーグ。

 

中島:

ハリウッドという話をしましたけれども、ハリウッドというのは実は結構ユダヤの人たちが多くいるところですよね。

 

青木:

ユダヤ系の移民がアメリカで増えるのって19世紀の末以降なんですけど、よそ者なので、あとからやってきた人間なので、なかなか土地に根付いて農業をやるって難しい。これはユダヤ系を含めてマイノリティはみんなそうなんですけど、だからスポーツに行ったり、マスコミに行ったり、あるいは芸能界に行ったり、多いんですよね。


中島:

もともと映画も実は東のほう、ニューヨークのほうでもともとは撮られていたらしいですね。でもやっぱり追われてというか、土地を追われて、西に西に逃れて、ハリウッドを作って、結局ハリウッドで映画産業ということに。

 

青木:

あそこは土地も安くて、なおかつ年間300日ぐらい晴れの日があるらしいんですよ。ピカ天の日が多いので撮影にも向いているという話はありますね。

 

中島:

ということですね。晴れた日をワーッと水をあれして雨にはできるけれども、雨の日を晴れには絶対にできないという。映画の話を、先生、終わりませんね。新春特別ということで、次もやります。








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