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【パレスチナ問題②】なぜ世界はユダヤ人の肩をもつ?【青木裕司と中島浩二の世界史ch:0041】



世界史参考書の超ロングセラー『青木裕司 世界史B講義の実況中継』シリーズの青木裕司先生と、福岡を中心に活動する人気タレント中島浩二さんの青木裕司と中島浩二の世界史ch」の文章版です(許可を得ています)。



中島:

歴史を紐解けば未来が見える。大人の世界史チャンネル中島浩二です。そして河合塾のカリスマ講師、世界史の青木先生です。よろしくお願いします。

パレスチナの問題を見ていこうということで、第一次世界大戦中に実はイギリスがアラブの人たちに「パレスチナを含むアラビア半島の北側を自分たちで支配しなさいということを。応援してくれたらそういうのを約束するよ」と。ユダヤの人たちには「お金を調達してくれたらパレスチナというところで建国して良いよ」ということを約束した。まさに二枚舌ですね。


青木:

まさに二枚舌。特に後半はバルフォア宣言といって、イギリスの外務大臣がそういう約束をユダヤ人の金融資本家にしちゃうんですね。

中島:

第一次世界大戦がイギリス勝利で終わりました。勝利で終わったあと、じゃあアラブの人たちにも約束してるし、ユダヤの人たちにも約束してるし、それはどうなるんですか?


青木:

地図を書いたんですけども、アラビア半島に関してはアラブ人の国サウジアラビアとかができるわけです。ところが生き残ったトルコの領土とアラビア半島の間の地域ですね。この地域はイギリスとフランスが山分けしちゃうんです。


中島:

えー。パレスチナも含む?


青木:

うん、とりあえず山分けしちゃうんです。

中島:

両方約束してるから「ごめん、こっち」とか、「ごめん、こっち」じゃなくて、どっちも約束を守らずに自分たちで分割するんですか?


青木:

とりあえず形式としては国際連盟から支配を任せてもらう。委任統治という言葉があって、この地域はまだ政情も不安定なので、力があるイギリスさんとフランスさんがコントロールすると、政情が安定するまで。という形で山分けしちゃったんです。


中島:

うわー、ひど。そしたらアラブの人たちとかユダヤの人たちはどう?


青木:

当然約束違反だという声は出てくるんです。特にユダヤ人たちは約束が違うじゃんと。一応1920年代になって約束を果たしてもらうぜという感じで、ヨーロッパからパレスチナにユダヤ人の移民というのが行われるんですね。ところがその数、そんな大してたくさんの数じゃなかったんです。毎年3000人ずつぐらい。第一次世界大戦が終わってヨーロッパの状況も安定する。差別迫害も第一次世界大戦の前ほどではなくなるというので、もうちょっとヨーロッパに住んでも良いかというユダヤ人たちが多数派だったんです。

さっき言ったように毎年3000人ずつ。パレスチナの地域って広さでいうと2万平方キロメートル。日本で言ったら四国よりちょっと大きいぐらいなんです。そんなに広い地域じゃないんです。そこにもともと100万人のパレスチナ人が住んでいて、そこに毎年3000人ずつのユダヤ人なので。


中島:

大した数じゃないですね。


青木:

ところが1929年から状況が変わるわけ。アメリカに大恐慌が起こって、それがヨーロッパを含めて世界中に広がって経済大混乱。「この危機を乗り切るためには強いドイツを目指すんだ」ってヒトラーが出てくるわけですよ。ヒトラーが反ユダヤ主義を煽る。するとヒトラーに倣って他のヨーロッパの国々にもミニヒトラーが登場して、「ただでさえ失業者多いんだろ?よそ者を食わせる余裕なんかねえよ」ってユダヤ人に対する迫害がまた再燃しちゃうんです。


中島:

これがね。ユダヤの人たちの歴史ってとんでもないですね。


青木:

地域や国家が危機に陥ると必ずスケープゴート。


中島:

いわゆる生贄みたいなことですよね。


青木:

そうですね、そのいの一番にユダヤ人たちって。


中島:

今まで歴史の中でなっちゃっていた。


青木:

「今度こそ俺たちユダヤ人、命が危ないんじゃないか」と。


中島:

1929年の大恐慌で「うわー」ってなって、それでパレスチナに?


青木:

激増するんです。これまでは毎年3000人だったでしょ、1930年、大恐慌の翌年は20万。それが3年続くんですよ。


中島:

命の危険も感じていたでしょう。


青木:

それはやむを得ないっちゃやむを得ないですね。3年間で65万人ぐらい。


中島:

100万人ぐらいしかいなかったところに60数万人が行くわけですもんね。


青木:

さっきパレスチナはだいたい四国と同じぐらいの広さと言ったでしょ。60万人といったら徳島県よりちょっと狭いぐらいかな。これはやっぱり。


中島:

かなりの密になってくるわけですね。


青木:

対立が激しくなる。ただ、ユダヤ人もパレスチナ人もイギリスが悪いと思っていたので「責任取れよ」と。そしたらイギリスが1937年に「わかりました」ってパレスチナ分割案というのを提案するわけ。一番簡単な方法ですよ、スパッと割って。こっちはユダヤ人、こっちはパレスチナ人と。これは双方とも拒否。そのうちに第二次世界大戦が始まるんです、1939年に。するとイギリスは「すいません、ちょっと忙しいです」と。戦争で。この問題については保留させてくれと。

戦争が終わったときにイギリスはどう言ったか。「大英帝国はこの問題の解決能力はもうありません」と下駄を国際連合に預けてしまう


中島:

ええー。それはひどいですね。


青木:

嘘つきで無責任というね。


中島:

糸がぐちゅぐちゅぐちゅとなったから、「もう俺、ほどけないよ」と。


青木:

「解決できません」と。


中島:

そんなこと許されるんですか?


青木:

許しちゃいけないですよ。


中島:

じゃあ誰がなんの権力を持って権限を持ってどうするのかみたいなことも、そのときそのときで力を持っている人じゃないと、なかなか裁定できないという、この脆さというのは国際社会にありますよね。


青木:

ありますね。国際連合が下駄を預けられたじゃないですか。国連で議論されるわけです。1947年に国際連合がパレスチナ分割案というものを出すわけです。これも地図を書きました。いわゆるパレスチナと言われるエリアを2つに分けると。パレスチナ人とユダヤ人に分ける。赤がユダヤ人に分け与えられる場所、橙色が、オレンジ色がパレスチナ人に分け与えられる場所。

ユダヤ人は本当は全部欲しいけど、とりあえずここで良いかと。半分以上ですね。結構豊かな場所、あるいは水資源も確保できる場所が多かった。これに対してパレスチナ人にあてがわれる場所は、どう考えてもその残りの地域という感じ。

国際連合ともあろうお方が、どう見てもユダヤの側の肩を持ってる


中島:

どうしてですか?


青木:

強烈にアメリカが酷かったんです。当時のアメリカの人口って1億5、6000万人くらいですかね。ユダヤ人の数が600万人なんですよ。ところがその600万人のユダヤ人というのが、少数派ではあるけども政界、学会、アインシュタインも原爆を作ったオッペンハイマーもみんなユダヤ人ですよね。あと財界、マスコミ。アメリカを主導するようなポジションに多くのユダヤ人がいたんです。

だもんだから当時の大統領トルーマンが、1948年、次の年が大統領選挙なので、勝つためにはユダヤと良い関係にならにゃいかんと。


中島:

いわゆる票が欲しいということですよね。


青木:

そうです。トルーマン自身、言ったらしいですもんね。「なんでそんなにユダヤの肩を持つんですか?」と。「だって君、アラブの肩を持ったって票にはならんだろうが」と。

しかも当時、第二次世界大戦が終わったあとなので、アメリカとソ連、仲悪いじゃないですか。ところがこの問題、パレスチナ問題に関してはソ連もこの分割案で良いと。ユダヤ人依怙贔屓の分割案で良いと。

中島:

なんでそんなことを言ったんですか?


青木:

なんでだと思います?当時のソ連って独裁者スターリン。ユダヤ人の間には連帯意識があった。なぜか、「お互いナチスには苦労したよね」と。

なおかつスターリン自身がすごいユダヤ人嫌いだった。


中島:

嫌いなのに?


青木:

イスラエルという国ができればそこに厄介払いできるかもしれない、ソ連領内から。


中島:

国のユダヤの人たちをそっちに。


青木:

受け皿になってくれるでしょ。ちなみに言うとスターリンの最大のライバルだったトロツキー、彼はユダヤ人なんですよね。それもたぶんあったと思うんだけど、こうして当時の二大超大国のアメリカもソ連も両方とも、ユダヤ人依怙贔屓分割案をOKしちゃうわけ。


中島:

そしたらもともといたパレスチナ人。


青木:

たまらないですよ。というので翌年の48年、まず5月にイスラエルが建国宣言を出す


中島:

「国作ったよ」って。


青木:

それが国連で認められるんです。それに対して長年この地域に住んできたパレスチナ人とまわりのアラブの国々。


中島:

パレスチナの人たちはいわゆる宗教的にも同じだし、アラブの人と。


青木:

アラブ系イスラム教徒ですからね。アラブの同胞、イスラム教徒の同胞を見殺しにはできないというので、1948年9月に第一次中東戦争、通称パレスチナ戦争が起きるんです。

イスラエルってできた当初は人口が70万80万ぐらいなんです。そこに多数派のパレスチナ人、それからまわりのアラブの国々が一斉に襲いかかるので、誰もがイスラエルが負けるんじゃないかと思ったんだけども、イスラエルが勝つ。なぜかというと、アメリカが全力で応援するんです。

ちなみに48年9月でしょ、大統領選挙の2か月前。トルーマンからすると。


中島:

自分の大統領選挙のいわゆる当落を決める戦争だから。


青木:

もう絶好のタイミングですよね。セプテンバーサプライズ。オクトーバーサプライズなんていう言葉が大統領選挙であるけど。

結局攻めてきたアラブ軍をイスラエル軍は打ち破るんです。


中島:

アラブのいろんな国が結束してやって。


青木:

やったんですけど足並みが揃わなかった、いろいろあって。なおかつアメリカが提供してくれた最新兵器。

結局パレスチナ分割案で認められたエリアよりも広い地域をイスラエルは占領するわけですね。比べてみるとよくわかるんだけど。

中島:

赤の領土がすごく大きくなってますよね。いわゆる僕が学生の頃はヨルダン川西岸とガザ地区。ここにパレスチナの人々が閉じ込められる。


青木:

そう、閉じ込められてしまう。あるいはまわりのアラブの国々にパレスチナ人の人たちが生まれ故郷をあとにして散っていくわけ。これがいわゆるパレスチナ難民と言われているものです。

ただ実はイスラエルというとユダヤ人だけの国というイメージがあるんだけども、実はそうじゃないんです。イスラエルの国内には20%のアラブ系イスラム教徒がいる。だからパレスチナ難民としてまわりのアラブの国々に移住、難民として行った人たちというのは、ある意味移れる人たちだったんです。移る力があった人たち。

それに対して移ることのできない一番厳しい状況にあるパレスチナ人たちはイスラエルという国の中でユダヤ人に見下されながら生きていくことになるわけです。


中島:

これもなんかつらいですね。


青木:

第一次中東戦争、パレスチナ戦争を経てイスラエルという国家が確立をするわけですね。


中島:

次回に続きます。








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