世界史参考書の超ロングセラー『青木裕司 世界史B講義の実況中継』シリーズの青木裕司先生と、福岡を中心に活動する人気タレント中島浩二さんの「青木裕司と中島浩二の世界史ch」の文章版です(許可を得ています)。
(前回の記事「ウクライナ④-ソ連時代の大飢饉」はこちら)
動画版:「ウクライナ⑤-ナチス゠ドイツの侵略」
中島:
歴史を紐解けば未来が見える。大人の世界史チャンネル中島浩二です。そして河合塾のカリスマ講師、世界史の青木先生です。よろしくお願いします。
話せば話すほど暗い気持ちになっていくというウクライナの話ですけれども、20世紀に入ってロシアが結局最終的には革命が起こってソ連になって、そのソ連になったあとも穀物を収奪され、かなりの飢饉が起きて、スターリン時代に少なく見積もって300万人が亡くなったと。
青木:
20年代30年代、10年おきに飢饉が起きているわけです。そして40年代の前半にウクライナの近現代史の中でも最大の悲劇が襲ってくるわけですね。
中島:
もっとひどいことが。
青木:
これがナチスドイツの侵略。1941年6月22日にナチスドイツがソ連との不可侵条約を破棄してバーンと攻めていくわけです。これも地図にいたしました。
すでに第二次世界大戦は1939年に始まっていて、ドイツはイギリスやフランスなんかとは戦いは始めているんですけども、ソビエト連邦とは1941年から。前回申し上げましたけども、ソビエト連邦の領土を支配してスラヴ人を奴隷にする、そして豊かなウクライナをドイツの領土にするというのがヒトラーの目標なんです。
中島:
もともとその目標で第二次世界大戦というか、もともと戦いを始めているんですよね。だからロシアを攻めるというか、ソ連を攻めるということがひとつ大きな目標だったんですよね。
青木:
基本ヒトラーって世界征服なんて考えていないです。アジアアフリカまで侵略しようとは思っていないです。基本的にはドイツの未来は東方にあり。特にウクライナとかね。
ソ連軍はどうだったかというと、当時、世界最大の陸軍を持っていたんだけども、スターリン自身がまさか41年の6月段階では攻めてこないだろうと高を括っていたんです。攻めてこられて、不意打ちでボコボコにされちゃうんです。たぶんスターリンはこの段階で精神状態に異常をきたして、10日間ぐらい姿をくらませちゃうんです。
中島:
ソ連のときに詳しく言いましたけれども、引きこもっちゃうという。
青木:
引きこもってね。他の指導部のメンバーが無理やり引きずり出して、「大将、なんとか言ってくれ、国民に向かって」と。本当にたどたどしい演説をやって。
中島:
ラジオ放送をやって。それがでもみんなの心に響いたということらしいですね。
青木:
ドイツが攻めてくるでしょ、ドイツ軍がやってきたときにウクライナの人たちはどうしたかというと、多くのウクライナ人はこれを解放軍と考えたんです。
中島:
ソ連時代に抑圧されているから。
青木:
めちゃくちゃやられてましたからね。
中島:
これは自分たちを解放してくれる味方だと。
青木:
ドイツはドイツで、とりあえずウクライナ人が何千万人かいるので手懐けたほうが良いと。手懐けるときになにをやったかというと、「おい、お前らの上に君臨してきたユダヤ人たちがいるだろう」と。さっき言ったように歴史的にウクライナ農民の管理人をユダヤ人がやっていたみたいなこともあるし、金融業で財を成したユダヤ人もいる。「我々ナチスドイツにとってユダヤ人は敵であると、君たちにとっても敵だったよね、じゃあ一緒に」とウクライナ人を動員した虐殺が始まっていくわけです。
中島:
これも悲劇だなあ。
青木:
実際すさまじいですよ。これはウクライナだけの話にはならないけども、20世紀の歴史の中、特に20世紀のヨーロッパの歴史の中で、今のウクライナ、ベラルーシ、今回はしゃべらないけどバルト三国、あのあたりってこの地図でいうとこのあたりですね。ブラッドランドという言葉があって、流血する地帯って。
これは歴史学者ティモシー・シュナイダーという人が「ブラッドランド」という本を書いたんです。おびただしい血がやっぱり流れてるんです。その中でも特にウクライナは飢饉と戦争、それから組織的な虐殺で、ひょっとすると普通に自然死で死んだ人よりも戦乱や飢饉で亡くなった人のほうが実は多いんじゃないかって。ナチスドイツ自身もウクライナ人の中にある民族的な差別意識とか、そういったものをうまく。
中島:
利用してということですね。今回のロシアのウクライナ侵攻でやっぱりバルト三国とか、いろんな国の反応を見ていたら、やっぱりその記憶があるという感じですよね。
青木:
今、中島さんからバルト三国というのが出てきたんですけど、バルト三国は今回のウクライナ侵攻、ものすごくビビってるんですよ。
中島:
自分たちもやられるんじゃないかということですよね。
青木:
そうですね。もともとバルト三国自身が旧ソ連邦の一部だったんです。攻めてきてめちゃくちゃな虐殺をやるわけ。今回のロシアによるウクライナ侵攻の中でちょっと「うわっ」と思ったのが、キエフの街中にロシア軍がミサイルを撃ち込んだりするじゃないですか。その中でテレビ塔がロシアのミサイルによって破壊されるというシーンがあって、これはウクライナの首都キエフ、キーウとも言いますけども、その地図なんだけども、大統領官邸なんかがある中心部があって、市内の中心部からちょっと離れたところにバビアールという谷があるんです。
そのふもとに、その谷にテレビ塔が建っていた。そのテレビ塔が建っていたバビアールというところは、1941年9月にユダヤ人大虐殺が行われた有名な場所なんです。ほぼ1日で3万人ここでユダヤ人が銃殺されているんです。1日で殺された人の数でいうとこれが一番多いんです。
だからバビアールという地名は、特にウクライナの人、ユダヤ人にとって、あるいはヨーロッパの人にとって、ある意味たとえば日本で言うなら広島とか長崎とか。
中島:
そういう響きなんですね。
青木:
そういう歴史的な、戦争で大きな被害を受けた、人々が大きな被害を受けたそういう代名詞的な場所なんです。そこにロシアがミサイルを撃ち込んでバビアールのテレビの鉄塔を壊してしまうというのは、本当、なにやってくれてんだと思いましたよね。
これは今日の3月23日の朝日新聞に載っていた記事なんですが、やはりロシア軍から攻撃を受けているハリキウという街があります、キエフのちょっと東側になりますけども、ロシア語でいうとハリコフだけども。そこで96歳のおじいちゃんがロシア軍の砲撃を受けて亡くなってしまうと。名前がロマンチェンコさんという人なんですけども、このかたは第二次世界大戦を生き延びた人なんですよ。第二次世界大戦に巻き込まれて、ナチスの強制収容所に連れて行かれて、九死に一生を得た人が今回のロシア軍の侵攻で、砲撃で命を失うと。なにをやってくれてるんだと。
中島:
そうですね。
青木:
本当にこれは、これだけでもプーチンは万死に値しますね。
とにかくそういう中でドイツ軍が残虐行為をやると。さっきも言ったけどウクライナ人の一部がそれに加担をすると。
42年43年になって今度はソ連赤軍がドイツ軍を撃破し始める。ウクライナは再びソ連赤軍、そしてスターリンの支配下に入るわけ。するとそこでなにが始まるかというと、裏切り者探しが始まっていくわけです。
中島:
解放軍でドイツを迎え入れた人たちが、今度はまた窮地に追い込まれるということですね。
青木:
そうです。しかも取り調べなんかも非常にひどくて、ソ連の秘密警察から睨まれたら、疑われたらもう終わりなんです。
中島:
だから白でも黒になるということですよね。
青木:
しかもだいたい基本的に家族連座制ですからね。「家族だっただろう、じゃあ犯罪者の息子娘も罪は問われる」ということで。みんな一網打尽にされていくんです。
中島:
いわゆるWW2のことですから、そういう歴史の勉強、僕たちが普通に太平洋戦争のことを学ぶみたいに、今の子たちも歴史の教科書で学んでいるわけですよね。
青木:
学んでるんですよね。我々は学んでいるんです。じゃあ旧ソ連の人たちは学んだかというと、結論を言います、学んでいないです。
中島:
えー。
青木:
現地にいた人たちの記憶には残っている。でもソ連の歴史教科書でたとえばウクライナが受けた悲劇、ベラルーシが受けた悲劇、ユダヤ人の虐殺、そういったものは封印されていくんです。なぜだと思います?
中島:
それは都合の悪い真実だからですか?
青木:
どういうふうに都合が悪いかというと、ソ連の共産党の指導部、特にスターリン、奴の考え方によると、我々ソビエト連邦、スターリンを含めて。「ソビエト連邦は第二次世界大戦で本当に大きな被害を受けた。ソビエト連邦が大きな被害を受けた。その大きな被害を犠牲にしながら我々はナチスドイツを打ち破った。だから我々に大きな発言権がある」となるわけです。
ロシア全体が被害を受けたということを強調するためには、その中で特に大きな被害を受けたたとえばウクライナのユダヤ人の皆さんとか、ベラルーシのユダヤ人の皆さん、あるいは地域的な被害を受けた、ベラルーシなんて628の村が全部焼かれるんです。実際に628という「炎628」なんていう、これは絶望映画の、見たら絶望するという映画の最たるものですね。
中島:
それはどっちから焼き討ちにされるんですか?
青木:
これはナチスドイツです。そういった自国民が受けた被害、特定の地域や特定の民族が受けた被害を覆い隠して、ソ連全体だと、そういうふうにしていくんです。
確かに第二次世界大戦でソビエト連邦って国民的には2700万人が犠牲になっているんです。特に大きな被害を集中的に受けたのがソ連に住んでいたユダヤ人なんだけども、その歴史は封印されていくんです。ウクライナの人たちが被った悲惨な歴史も封印されていくわけです。あくまでもソ連だと。
中島:
ということは、ウクライナで子どもたちもそういう歴史をあまり習っていないということですか?
青木:
と思いますね。ことさらユダヤ人はこんな被害を受けたんだというふうに言っちゃうと、これやられちゃうんですよ。
ちなみにさっきバビアールというユダヤ人が大量虐殺された場所の名前をご紹介しましたけども、バビアールという名前のついた有名なクラシックの曲があって、ショスタコーヴィチという20世紀のソ連を代表する作曲家なんですけども、ショスタコーヴィチの交響曲第13番が通称バビアールという。
1962年に初演されるんだけども、当局から睨まれるんです、内容が気に食わないと。ところが当時の記憶が生々しい国民たちはみんなそれに拍手喝采をしたと。5楽章からなってて、第1楽章が通称バビアールといって、そこにはアンネ・フランクの名前も出てくるんですけども。
だからやっぱり独裁国家はダメですね。本当に。
中島:
本当に知れば知るほど悲しい歴史で、もちろんまだ第二次世界大戦までしか紹介してないので、そのあとというのもすごい重要なんですよね。今に実際につながるところなので、もうちょっとウクライナの話は何回かにわたって続けます。
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