世界史参考書の超ロングセラー『青木裕司 世界史B講義の実況中継』シリーズの青木裕司先生と、福岡を中心に活動する人気タレント中島浩二さんの「青木裕司と中島浩二の世界史ch」の文章版です(許可を得ています)。
(前回の記事「ウクライナ⑦ 親欧米か、親ロシアか?」はこちら)
動画版:「ウクライナ⑧ なぜプーチンは侵攻した?」
中島:
歴史を紐解けば未来が見える。大人の世界史チャンネル中島浩二です。そして河合塾のカリスマ講師、世界史の青木先生です。よろしくお願いします。
青木:
お願いします。
中島:
ウクライナ、いったん歴史を見ましたけれども、今回のロシアのウクライナ侵攻についての、もうひとつお話をということですよね。
青木:
多くの皆さん、プーチンがなんでウクライナに侵攻したのか、動機はなんなのか。それからプラス、侵攻に及んだウクライナの現状ですね。ちょっと語っておくと、2014年にマイダン革命というのがあって、親欧米派の人が権力についた。プーチンはそれを許さずにクリミア半島に侵攻した。そして東部のルガンスクとドネツクで親ロシア派の人たちが武器を持って立ち上がって内戦状態が続くと。現在に至るまでにすでに1万4000人の皆さんが亡くなってるんですね。
中島:
実際にロシアがウクライナに侵攻する前に、ずっと国の中ではあったんですよね。
青木:
1万人以上が亡くなるというのはかなり。
中島:
かなりのものですよね。
青木:
これはなんとかしなくちゃいけないというので、ベラルーシの都、ミンスクで2014年と15年に停戦のための話し合いがもたれるわけですね。なかなか文章の内容を読んでもわかりにくい内容なんですけども、通称ミンスク合意といって、仲裁にはメルケルさんとか、ドイツの首相、ああいった人たちも絡んで頑張るんです。
一応親ロシア派勢力もウクライナ中央政府も武器を置きなされと。東部の2つの州には特別な自治権を認めたほうが良いですよ。これをウクライナ中央政府としては認めたくない。
そういう中で2019年2月にウクライナ憲法が改正されて、今後ウクライナはNATOに加盟する。NATO加盟を目指すというのを憲法の条文に入れたんです。そのあとに行われた大統領選挙で、さっき出てきた女性のティモシェンコさんとか、ああいった人たちを打ち破って、当時は言われました、素人政治家が権力を握ったと。誰かというと、今ヒゲ生やしてらっしゃいますが、ゼレンスキーさんですね。もともとは俳優と言って良いのかな。
中島:
そうなんですよね。いわゆる役者さん、芸能人という言い方をしてますよね。
青木:
スタンドアップコメディとかもやってたらしいので、芸人さんですよね。そのかたが主演する「国民の僕」というテレビドラマがあって、国営放送で放映されていたんですけどね、高校の先生がいろいろなことで政治家になって、いろんな妨害にめげずに頑張って、この国を大統領として正しく導いていこうとすると、そういうドラマで、ものすごい視聴率で、ものすごい人気で。
中島:
本当にそうなっちゃったんですよね。
青木:
なんでなったかと。結局国民はこれまでの政治に飽き飽きしたと。
中島:
というところはあるんですよね。
青木:
結局これまでウクライナに登場した政治家というのは、なんだかんだでオリガルヒといわれる財閥ね。
中島:
いわゆる共産主義から時代が変わったときに、国民の財産だったものを自分のものにしちゃった。
青木:
調子に乗った連中ね。そういった連中の代表だったり、あるいはそういった人たち自身だったり。これからすると、少なくともそういう系統の人じゃないんです、ゼレンスキーさんというのは。
だから国民はそこのフレッシュさに期待して、なおかつ彼が率いた「国民の僕」というドラマで同じ名前の政党なんですが、これも議会選挙で圧勝して、今ウクライナ議会の半分以上は彼の政党です。彼は大統領であり、彼の所属する政党は議会与党なんです。
おもしろいなと思ったのは、ゼレンスキーさん自身は実はユダヤ系で、ウクライナの中部の出身なんですよ。政治的な主張としては自分は中立だと、中間だと。ロシアともEUとも両方とも仲良くやっていくべきであると。さらに言うと、東部2州の、今バチバチやってるけども、これを収める方法として、たとえばウクライナ軍が攻撃して黙らせると、これは無理だと。これ以上の血が流れるのは自分としてはもう耐えられないというので、なんとか平和的解決を。
中島:
かなりまともな政治家ですよね。
青木:
というふうに思ったんです。なかなかそれが難しい。
中島:
考え方的にはみんながみんなそれが正しいよねというふうには思うんだけれども、ここにいろんな利害とかが関わってくると、それがそのままできないということですよね。
青木:
独立を目指そうとしている親ロシア派勢力とも対話をしようと。こう言うと絶対に独立を認めたくないという極右というか、そういった人たちから反発を食うわけですよね。経済もあまりうまくいかないという中で、支持率がどんどん落ちていくわけです。
中島:
やっぱり日々の生活なんですよね。
青木:
ですね。支持率が落ちていく中で、ゼレンスキーさんも立ち位置を少しずつ変えていくわけですね。経済を再建するためにはやっぱりEUとの友好関係というのが必要だろうと。で、だんだん、プーチンの目から見ると「西側に近づいて行っていきやがる」と。となると、東部2州の親ロシア派勢力もいきり立つわけです。中央政府軍との武装衝突も激しくなるわけですわ。
どうしたかというと、ゼレンスキー政権のときに、隣国のトルコから超精密の攻撃ができるドローンを買って、無人機で親ロシア派勢力を襲撃したりするわけですね。これは去年の10月26日だったんだけど、これにプーチンが激怒するわけですね。その直後あたりからウクライナとの国境線にプーチンがロシア軍を配備していくわけです。1回目に申し上げたように、2月に大規模な侵攻作戦を開始するわけですね。
なんで侵攻したか。よく言われていたのは、ウクライナがNATOに加盟すると、ロシアからすれば短剣を喉元に突きつけられたような状況になると、これにプーチンがビビったと。確かにその側面はあると思うんですね。
ちなみに言うと、これはソ連が崩壊するまでの冷戦時代のいわゆる東西の軍事関係。ソ連を中心としたワルシャワ条約機構という東側の軍事同盟。赤いソ連とピンク色の東ヨーロッパですね。橙色は中立国です。緑がNATO加盟国。
これを見るとトルコが重要なポイントなんですよ。ロシアの脇腹を狙っているというね。ちなみに全世界的に見るとこんな地図ですね。
中島:
これが北極ですね。
青木:
北極を中心に見ないと冷戦時代の軍事関係がわからない。ソ連がいて、中国がいて、ときどき生徒に質問されるんですよ、「NATOになんでアイスランドやデンマークが入るんですか?」と。見ればわかるでしょ、NATOってヨーロッパの軍事同盟じゃないんです。このへんの軍事同盟なんですよ。
中島:
北大西洋条約機構ですよね。
青木:
もしも米ソで戦争が始まったら、カナダなんて最前線ですよね。カナダも当然NATOには加盟するわけ。アイスランドなんかもソ連の原子力潜水艦が大西洋に展開するのを見張る重要な場所なんですね。
中島:
これはわかりやすい。でもこれが本当にいまやということなんですよね。
青木:
いまやこうなってしまったんですね。
中島:
ほぼ緑になっちゃったという。
青木:
今のロシアの領域。こっちの赤いラインが旧ソ連邦の領域です。もともと子分だったポーランドなんか、バツがついていますけども、「みんなあっち側に行きやがった」と。のみならず、もともと自分の一部分だった地域も、バルト三国ね、向こう側に行きやがった、じゃあ次はどこだと。ベラルーシは行かないよね、ルカシェンコがいる限り。じゃあウクライナはどうだと。
中島:
これが行きそうだということですよね。
青木:
特に民主主義。民主主義というのはロシアとは違うよね。西ヨーロッパやアメリカの価値観だよね。ということは、ウクライナも向こう側に行っちゃうの?だったらどうなるか。ウクライナからロシアの都、モスクワまでは数100キロ、すぐそこじゃん。これにプーチンが恐怖をしたというふうに説明がなされていたわけですよ。
ただ、自分の身の安全を守るために侵攻するというのは、はっきり言って元が取れないですよね。
中島:
今回そこのところがすごく皆さん、なぜだろうというふうに言ってますよね。
青木:
経済合理性というか、これをやったらこれだけの利益がある。やることによってこれだけのマイナスがあると普通考えるじゃないですか。とやった場合に、どう考えてもプーチンが大規模な軍事侵攻をやって得られる価値というのは
中島:
よりもマイナスのほうが大きいよねと。
青木:
とみんな考えたので、侵攻はないよねと思ったんです。ところがやっちゃった。ということは経済合理性を上回る動機があったわけです。なにかというと一言で言うと、旧ロシア帝国領の復活。
中島:
僕はそれだとするならばですよ、かなりプーチンいっちゃってるなというふうに思うんですけど。
青木:
実際僕はいっちゃってると思うんだけども、そのいっちゃってるという言葉の内容はなにかというと、必ずしも精神が錯乱していたというわけじゃなくて、彼の頭の中の世界では一応合理性はあるわけです。なにかというと、まず前提は、プーチンという人間はロシアという国家と一体であると。その自分の欲望、これはロシアという国家の欲望と合致すると。ロシアが本来あらねばならない領土はどれくらいかというと、旧ロシア帝国領、昔のソビエト連邦領、昔、自分の領域だったところ、それを他の地域に奪わせるわけにはいかない。なんでこんな気持ちになったかというと、ロシアが、というかソビエト連邦の時代から、ロシアソビエト連邦がもともとアメリカと覇を競うような大国だったじゃないですか。それがソ連崩壊の前後にグーっと落ちていくわけです。90年代にはアメリカの一極支配。そして2000年代に入ると中国が急速に台頭して、みんな言われてるんですよね、今の世界は米中二極体制。私、年のはじめにエコノミストとか、いろんな雑誌を買うんです。だいたい多くの雑誌で今年の予測、今年のリスク。ロシアのことを書いた本なんて1冊もなかったですよ。ロシアのリスクが世界を動かすなんて書いたのはひとつもなくて、だいたい中国の動きとか、台湾侵攻とか、あれば大変だよねって。ロシアというのは世界の主要な政治的な注目を浴びていなかったと。非常に感情的な答えになっちゃうけど、プーチンとしてはそれが許せなかったと。
これはプーチンだけじゃなくて、歴史上名を成した個人独裁者、しかも長期にわたって個人独裁化を進めていった男たちの共通ですね、共通認識です。自分と国家を一体化してみる。
中島:
「俺がロシアだ」ということですよね。
青木:
そう。「俺がロシアでロシアは俺だ」。そこで決定的にダメなのは国民を忘れてるんですね。基本的に侵略戦争をやる人間って人の命なんてこれっぽっちも大事だと思ってないんですよ。特にプーチンの場合は国民がどうなるかということについて十分な思慮がなかったと言わざるを得ないですね。
中島:
今収録しているのが3月の下旬ですけれども、本当、どうなっちゃうんだろうという。我々はもちろん経済制裁で、ただ経済制裁って時間がかかるじゃないですか。
青木:
そうそう、効果が出るまでにね。
中島:
時間がかかるということは、その時間がかかるぶん傷つく人とか亡くなる命とかがどんどん増えていくということでしょ。
青木:
それはもう返ってこないんですよね。
中島:
とにかく本当に悲しいニュースを毎日見ておりますけれども、どういう関係性なのかというのを見てきました。
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