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【日本史研究会日記】2026年09月まとめ

【目次・読んだ史料】

第1週:将門記


【第1週】

『将門記』

今回の日本史研究会セッションでは、平安中期の動乱「承平・天慶の乱(じょうへいてんぎょうのらん)」の重要史料である『将門記』の訓読・現代語訳に挑戦しました。国府の襲撃、印鑰(いんやく)の強奪、八幡大菩薩の神託、そして坂東での独自の都づくりなど、当時の緊迫した情勢と将門政権の実態に迫る議論となりました。

📌 今回の重要ポイント

  • 承平・天慶の乱における平将門の坂東八か国制圧プロセスの確認

  • 上野国(かみつけのくに)襲撃と、国司統治の正統性を象徴する「印鑰(いんやく)」奪取の時系列分析

  • 八幡大菩薩(応神天皇)の神託による「新皇」即位の演出と宗教的権威づけ

  • 平安京を模した坂東の都づくり(京営)における「山崎」「大津」に見立てた拠点配置の意義

  • 独自に左右大臣や百官を任命した官僚制度(除目)のパロディ的側面

📖 議論されたトピックと詳細

1. 『将門記』の読解と坂東八か国

Oが「その由」に続く文を訓読し、のぶた先生のリードで議論を開始。Kが坂東八か国(上野・下野・常陸・上総・下総・安房・武蔵・相模)の範囲を読み上げ、参加者で位置関係と国名を確認した。

  • 古文の表現: Fの音読を確認後、Oが副詞「かつがつ(且つ且つ:かろうじて、とりあえず)」の語義を解説。Kは数千の兵を率いて下野国へ向かう下りを読み、Fは藤原公雅(ふじわらのきんまさ)や地方官(善吏)に関するくだりを担当。のぶた先生より慣習的な読みや語法について詳細な解説がなされた。

2. 上野国への進発と国庁での印鑰奪取
  • 進発のスピード感: Oの読解により、将門軍が11月中旬に上野国府へ進発した経緯を確認。将門は捕らえた国司・藤原尚範(ふじわらのひさのり)に使者を添えて速やかに都へ送還しており、その迅速な軍事行動と政治的判断の速さが浮き彫りになった。

  • 時系列の検証: Kとのぶた先生の間で、国司の権力の象徴である「印鑰(いんやく=国印と倉庫の鍵)」の強奪タイミングについて議論。史料上の日付の整合性(国庁での印鑰奪取と将門の府庁入りの日程関係)について、行間を補う史料批判の重要性が確認された。

3. 八幡大菩薩の神託と「新皇」即位
  • 神仏習合と八幡信仰: のぶた先生より、八幡神(応神天皇を祀る宇佐八幡宮が総本宮)が武神・皇祖神としていかに神聖視されていたかが解説された。

  • 神託の場面: Oは、八幡大菩薩の神託によって将門に皇位が授けられたとする正当化の論理を説明。 本文の「頂礼(ちょうらい)して」「首を傾けて受く」といった表現について、のぶた先生が仏教儀礼の作法を踏まえた読解の重要性を指摘。Kは、将門が巫女(みこ)の託宣の前にひれ伏して再拝(さいはい)した劇的な場面を検証した。

  • 「新皇」の宣言: Fとのぶた先生は、将門が「親王」ではなく自ら「新皇(しんのう)」を名乗った史実について議論。巫女のお告げに熱狂し平伏する数千の民衆・兵士の熱気を想像しながら、当時の呪術的空気感を読み解いた。

4. 坂東における王城の造営(京営)と水運
  • 平安京の見立て: 将門が坂東(下総国亭南)に新たな王城(新都)を築こうとした際、「檖(はしの木)をもって京の山崎となし、相馬郡の地を大津となす」と名付けた記述についてOと検証。

  • 地理的要衝の理解: のぶた先生が、平安京において「大津(琵琶湖の水運拠点)」と「山崎(淀川水運・京都盆地の南の玄関口)」が果たした決定的な役割を解説。将門が京都の都市構造を強く意識して新都を構想していたことが確認された。

5. 官僚制度と除目(じもく)

のぶた先生とKが、将門が勝手に左右大臣や諸国の受領を任命した独自の官僚組織について議論。公法を無視した私的な任命でありながら、律令制の形式を忠実に真似た点に当時の武士の限界とリアリティが見て取れる。

🗺 次回までのアクション&予定

  • 復習: 坂東八か国の位置関係、および京都盆地の防衛・物流拠点である「山崎」「大津」の位置を地図帳で確認する。

  • 次回担当: Tの代理としてFが担当予定。


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【第4週】




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