歴史部通信:6月13日号
- 順大 古川
- 6月13日
- 読了時間: 3分
【次週(6月15日~18日)の予定:日本史】
月:「月曜日_05.武家社会の成長」足利義教の専制と関東の動乱~
火:「火曜日_10.2つの世界大戦とアジア」大戦景気~
水:「水曜日_09.近代国家の発展」幕末の科学技術と文化~
木:「木曜日_02.律令国家の形成」民衆の暮らしと社会構造~
※次のお休みは、6月22日(月)~6月25日(木)です※
【質問調査結果】
Q:古代において、麦は納税していたのか? けっこう栽培されていたのか?
律令の規定(賦役令06「義倉条」)によると、凶作に備えて米穀を蓄えておく倉庫である義倉に、大麦や小麦を納めることができるという規定がある。
また、延喜式を見ていると、儀式用に麦が集められていたことが分かるので、何らかの形で納めていたはず。
六国史という、古代の正史にほとんど麦は出てこなかったです。検索したのに、ニ箇所しかヒットしませんでした。
万葉集に馬の餌として麦(大麦)が出てきます。
#[番号]12/3096
#[題詞](寄物陳思)
#[本文]わゐ越尓 麦咋駒乃 雖詈 猶戀久 思不勝焉
#[訓読]馬柵越しに麦食む駒の罵らゆれど猶し恋しく思ひかねつも
#[仮名],ませごしに,むぎはむこまの,のらゆれど,なほしこひしく,おもひかねつも
#[番号]14/3537
#[題詞]
#[原文]久敝胡之尓 武藝波武古宇馬能 波都々々尓 安比見之兒良之 安夜尓可奈思母
#[訓読]くへ越しに麦食む小馬のはつはつに相見し子らしあやに愛しも
#[仮名],くへごしに,むぎはむこうまの,はつはつに,あひみしこらし,あやにかなしも
#[左注]或本歌曰 宇麻勢胡之 牟伎波武古麻能 波都々々尓 仁必波太布礼思 古呂之可奈思母
#[校異]
#[番号]14/3537S
#[題詞]或本歌曰
#[原文]宇麻勢胡之 牟伎波武古麻能 波都々々尓 仁必波太布礼思 古呂之可奈思母
#[訓読]馬柵越し麦食む駒のはつはつに新肌触れし子ろし愛しも
#[仮名],うませごし,むぎはむこまの,はつはつに,にひはだふれし,ころしかなしも
『日本霊異記』に、麦畑に押し入った話があります。
『日本食物史』(吉川弘文館)によると、ムギ類は縄文末期から弥生時代に日本に伝来したそうです。あと、言われて思い出したのですが、麦から酒を作ることもありますね。
Q:古代に銭は副葬されていたの?
1980年の調査で、甲田南古墳から土師器の底に接して埋納された和同開珎が見つかっています。遺骨にともなう副葬品だと考えられます。
埋納時期については、奈良時代から平安時代と考えられるそうです。
と言うわけで、副葬事例は確実にあるようです。
ほかにも、チャピ男くんがいくつか挙げてきたので、フツーにありそうです。

Q:貨幣は都周辺と近江ぐらいにしか流通していなかったそうですが、なぜ10世紀まで鋳造し続けたの?
①貨幣博物館の記事によると、
平安京の造営にともなう、給料の支払いや資材の購入に銭貨が使わて、十世紀の中盤までは京・畿内で銭貨を用いた消費活動があったためです。なお、この消費活動はその後縮小していきます。
上の記事はとても短くまとまっていますので、ぜひ読んでみてください。
②貨幣博物館の別の記事によると、
国家の独自性と権威を内外に示すためともあります。
どちらも、ソース的にも内容的にも大丈夫だと思います。
専門の研究に、
がありますので、今度図書館で確認しておきたいと思います。
あと、面白そうな本として、『古代銭貨関係史料集(稿)』というものもあるようです。



コメント