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江戸時代の年貢の金納について【歴史部生徒質問・調べてみた】

個人レベルで調べて勉強しているので、誤りもあるかと思います。事実誤認や参考文献の読み間違いなどがありましたら、ご教示いただけるとありがたいです。

継続して勉強していきますので、参考文献や史料などの情報求むです。


【生徒さん質問】

​​鶴岡八幡宮のシステムは?




祭祀を司ったのは真言宗系の僧侶(供僧(ぐそう))たちで、のちに二十五名が任じている。供僧の長にあたる鶴岡一山の最高責任者を別当(社務職)といい、初代の別当は園城寺の円暁(頼朝と従兄弟)であった。一方、神式の行事を司祭する神主の職も建久二年十二月におかれ、初代神主は大伴清元で、以来、大伴家は明治維新に至るまで神主職を継承した。ちなみに、別当・供僧・神主を除いた八幡宮の職員構成は、小別当一人、御殿司二人、小宮神主、巫女八人、職掌(神人)八人、承司二人などであった。」(国史大辞典)


「「鶴岡八幡宮寺」とも称されているように、神仏習合の典型である宮寺形式の神社であり、神主に大伴 (おおとも) 氏が補せられていたものの、社内の権限は僧侶 (そうりょ) が握っていた。」(日本大百科全書)


とあるように、僧侶が別当を務めていた点に特徴があるようです。なお、四代目別当は、三代将軍実朝暗殺で有名な公暁(頼家の三男)です。AI君が重源が二代目別当だと言いましたが、裏取りができておらず、現在調査中です。


参考文献:





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