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藤原行成 「光る君へ」人物事典019

更新日:1月28日




※α版(2023/12/04)。


藤原行成(ふじわらのゆきなり):渡辺大知(わたなべだいち)

まずは、NHK公式の紹介を引用して、大河ドラマ上での設定を確認しておきましょう。



道長よりも6歳下。道長政権下で蔵人頭に抜擢されると、細やかな気遣いで実務に能力を発揮、欠かせない存在として支え続ける。文字の美しさでは右に出る者がおらず、もてはやされた。


行成は「アニメ声が大好きだ!」と自認している口元フェチな(『枕草子』)、書道家です。

あ、行成を調べていたら、こんなXアカウントを発掘しました。



ききょう(清少納言)のことがかなり好きで、「餅餤」のエピソード、中国の孟嘗君の漢詩をパロってギリギリラインまでききょうにからんだエピソード、「夜をこめて」の歌のやりとり、『晋書』王徽之パロのエピソードがあります(枕草子)。


一般的には、「こうぜい」と呼ばれることが多いです。

右近衛少将義孝の子で、母は源保光の娘です。行成の祖父に摂政伊尹(これただ)がいました。

しかし、権力者の祖父伊尹が行成が生まれた年に死に、3歳のときには父義孝も亡くしため、青年期は不遇でした。


一条天皇に蔵人頭に抜擢されたら、めきめきと頭角を現し、一条天皇の四納言の一人に入る優秀な実務家となりました。一条天皇には最後まで頼られます。


定子の子の敦康親王よりのポジションにいるかんじですが、藤原道長からの信任も厚いです。娘の婿には、道長の子長家を迎えています。一条天皇には中宮定子がいるにもかかわらず、彰子を立后するために強引な理屈を持ち出した話がクライマックスでしょうか。

あ、定子の子敦康親王を差し置いて、彰子の子敦成親王を立太子するときも、理屈をこねて一条天皇を説得しましたね。

ちなみに、道長が死去した日に行成も死にました。


能筆家としても有名ですね、、、てか、能筆家としてのほうが有名ですよね。和様の大成者ですし。

日記『権記』を書いており、実資の『小右記』、道長の『御堂関白記』、紫式部の『紫式部日記』、清少納言の『枕草子』とともに、ドラマの根本資料となっていると考えられます。


年表

では、藤原行成の略年表を示します。年齢は数え年です。


972年:1歳。誕生。

995年:24歳。蔵人頭(一条天皇)。

999年:28歳。一条天皇崩御。

→権中納言、大宰権帥→

1020年:49歳。権大納言。

1027年:56歳。12月4日、死去(現、権大納言)。









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