top of page

藤原彰子 「光る君へ」人物事典026

更新日:2月4日




※α版(2023/12/04)。


藤原彰子(ふじわらのあきこ):見上愛(みかみあい)

まずは、NHK公式の紹介を引用して、大河ドラマ上での設定を確認しておきましょう。


道長の長女。幼いうちに一条天皇に入内し、定子と競う立場となる。紫式部(まひろ)は才を見込まれ、彰子のもとに宮中女房として出仕する。彰子は、一条天皇にふさわしい妃になろうと努力を重ねる。


藤原道長と源倫子の長女です。紫式部が仕えました。

「彰子」という名前は、999年(長保元年)2月の裳着と同時に従三位となったときに付けられたものらしい。


年表

では、藤原彰子定子の略年表を示します。年齢は数え年です。


988年:1歳。誕生。誕生日は不明。

999年:12歳。一条天皇の女御に。

1000年:13歳。中宮に(立后)。

1008年:21歳。敦成親王(後一条天皇)を産んだので、道長が外戚としての地位を固める。

1009年:22歳。敦良親王(後朱雀天皇)を出産。

1012年:25歳。皇太后に。

1016年:29歳。敦成親王(9歳)が即位して後一条天皇に。彰子は即位式でともに高御座に登った。

1018年:31歳。太皇太后に。

1026年:39歳。出家→院号宣旨を賜わり、上東門院と号す。

「一条天皇の母后(皇太后)の東三条院詮子(藤原兼家の娘、円融院の女御)につづいて二人目の女院である。準太上天皇の待遇を受け、その院号は、宮城の門および居所の名称によって付けられる。上東門院の名称は、道長の土御門第が上東門院と称せられ、彰子の御在所であったことによる」(『国史大辞典』)

1074年:87歳。死去。









閲覧数:11回0件のコメント
bottom of page