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中近東各国の歴史(4)サウジアラビア(2)【青木裕司と中島浩二の世界史ch:290】



世界史参考書の超ロングセラー『青木裕司 世界史B講義の実況中継』シリーズの青木裕司先生と、福岡を中心に活動する人気タレント中島浩二さんの青木裕司と中島浩二の世界史ch」の文章版です(許可を得ています)。


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中島:

歴史を紐解けば未来が見える。大人の世界史チャンネル中島浩二です。そして河合塾のカリスマ講師、世界史の青木先生です。よろしくお願いします。


青木:

お願いします。


中島:

1979年のサウジアラビアの話の続きが聞きたくて聞きたくて。


青木:

翌年1980年。


中島:

80年、中学校3年生です。


青木:

なにが起こったかというと、イランイラク戦争(1980~88)が起こったわけです。


中島:

これはでっかい。僕はイランイラク戦争、名前が似たところで戦争が起こって、同じ宗教だよね、高校1年生のときかな、社会の先生が「宗教戦争でこれは100年ぐらい続くぞ。こじれにこじれてるから全然糸口が見えないから、とんでもない戦争が起きた」って高校1年生だか高校2年生のときにそれを聞いて「100年?」と思ったんです。


青木:

実際には8年だったけども両方ともヘトヘトになるんですよね。一応イランイラク戦争は前もこのチャンネルで説明しましたけども、基本的に吹っかけたのはイラクのほうです。イラクの当時のフセイン大統領。



中島:

これもどうなんですか、アメリカがイランが言うことを聞かなくなっちゃったから吹っかけなさいみたいな。


青木:

そこまではっきりとは言ってなくて、フセインはフセインでイランと戦争する理由はあった。一番大きな理由は彼自身がアラブ人のイスラム教とのスンナ派なんだけども、彼が統治しているイラクという国、南部を中心に実はシーア派が60%いる。どうもそいつらを隣国のイランが焚きつけて俺に歯向かわせようとしていると。なおかつイランとイラクの国境線、イラクから見るとイランの国境線のちょっと向こう側に有力な油田もあるんです。さらに地図を見ればわかるんだけども、イラクという国のペルシャ湾への出口というのは非常に狭いんです。



もうちょっとこれを広げたいなとと思っていたらイランで革命が起こって、革命後必ずしも安定はしていない。これは戦争をやったら勝てるんちゃうかというので、それこそウクライナ戦争のプーチンと一緒ですよ。革命後の動揺で混乱しているイランだったらすぐ勝てて油田も取れるし、ペルシャ湾への出口も広げられるし、南部にいやがるシーア派も黙らせることができると。ところが戦争が始まるとイラン国民が一致団結。特にイランの革命防衛隊、革命直後じゃないですか。ホメイニ師に対する忠誠心もめちゃくちゃ強いんです。たぶん中近東で初めて人海戦術をやるわけ。イラク軍が撃っても撃ってもイラン人が突撃をしていくわけです。本当にイラン兵の死体の山ができたと言いますもんね。

ただそれが逆に、それを見て一般のイラン国民も「じゃあ俺たちも」と、いわゆる志願兵が殺到するらしいんです。こうしてフセインが目論見た短期決戦、短期で戦争を終了させるという目論見は消えちゃう。するとアメリカが「お前、よくやった」と。さっきの話ですよね。「俺様アメリカにとってイランは敵、そのイランにとってお前も敵なんだろ。じゃあ敵の敵は仲間だからというのでお前、応援してやるよ」これはサウジアラビアも一緒だったんです。あるいはクウェートも一緒だった。アメリカを中心にフセイン政権に対する支援が進められていくわけです。


中島:

最後の末路を思ったらですよ。


青木:

悲劇といえば悲劇なんですけどね。


中島:

こんなことになろうとはそのときは思わなかったでしょうからね。まさかアメリカから俺がという。


青木:

実際にイランイラク戦争自身は8年間続くじゃないですか。双方ともヘロヘロになったとは言うけども、どっちかというとフセインのほうが優勢だったんです、どちらかというとね。戦争は終わりになるわけです。終わったときのイラクはどうなっていたかというと、圧倒的な軍事大国になっていた。これに隣国のクウェートとその南側にいるサウジアラビアが「ちょっとフセインはフセインでやばくねえか」と。


中島:

アメリカもそう思ったということですね。


青木:

思ったんです。軍事力を持ったフセイン自身も、イランとの戦争ではずいぶん苦戦もあったけど、手にした武器はたくさんになったと。実際にアメリカの最新鋭の戦闘機とかを持ってるんですよね。そういったものもあって、軍事大国としてこのあと生きていけるんじゃないかというふうな危険性をまわりの国々とアメリカが持つようになったわけです。で、1991年の湾岸戦争になっちゃうわけです。



中島:

クウェートに侵攻するんですよね。


青木:

まずおっしゃったようにフセインがクウェートに侵攻して、それがきっかけになってアメリカを中心とする多国籍軍が一斉にイラクに戦いを挑んでいった。


中島:

クウェートに侵攻したって石油の利権でしょ?


青木:

それもあったと思います。一部に言われているのはイランイラク戦争の8年間で確かに大きな痛手を被ったのは間違いないですね。しかも借金もしたわけですよ、いろんな国々から。イスラム世界は借金を踏み倒すというのは絶対やっちゃいけないんです。これはアッラーが「それはダメだよ」とおっしゃってるみたいな。


中島:

いわゆるコーランに書いてあると。


青木:

彼は彼で借金は返さないかん、どうやって返すか、石油を売るしかないですね。ところが1980年代の後半に石油がちょっと過剰供給で値段が下がっていた。だからどれだけ石油を売ったって儲からんぞと。これじゃあ借金を返せないよねというので彼はOPECとOAPEC、石油輸出国機構とアラブ石油輸出国機構に緊急総会を開いてもらって、減産をやってくれ、少し値段を上げてくれと。これにみんな一応OKしたんだけどもクウェートとサウジアラビアがその約束を守らなかった。一説にはその背後にアメリカがいたと。


中島:

ということは潰したいみたいなことがあったということですか。


青木:

そうですね、ちょっと陰謀論めいた議論になるけど、説得力のある議論ではあるんですよね。減産の約束を守らなかったクウェートとサウジアラビアにフセインは敵意を持ち、とりあえず南側の隣国であるクウェートに侵攻する。するとアメリカが待っていましたとばかりに。


中島:

これは戦争として夜のミサイルのあのシーンは忘れられないですね。こんなふうに見えるんだ、しかも戦争がついに生中継になったと。



青木:

そうですよね、CNNなんかは24時間放送でやってましたからね。


中島:

今これをやっている、どんどん撃ってるのって、生放送だよねという。


青木:

結局フセインは負けるんです。ただ、バグダードにまでアメリカ中心の多国籍軍は進撃しなかった。これもなぜかについてはいろいろ議論があって、バグダードを占領するには他国籍軍、アメリカ軍、大きな犠牲は出るだろうと、それは避けたい。プラス、フセイン政権がなくなっちゃうと一番喜ぶのはイランではないか、それもいけないと。


中島:

ここのところが難しいんですよね、国際関係って。


青木:

ただこの湾岸戦争はアメリカにとって思わぬ副産物を産むわけです。それはなにかというと、イラクを攻撃するための最前線の出撃基地はサウジアラビアになるわけです。サウジアラビアというのは前回も申し上げたようにメッカとメディーナという圧倒的な聖地、これを守っている国なんです。サウジアラビア全体がイスラム教徒にとって聖地と言っても良いんです。そこに異教徒であるキリスト教徒の軍隊が入ってきた。これはイスラムの誇りを持っている人たちからすると大きな反発を招くことになるわけです。その大きな反発を持った1人が誰だったかというと、オサマ=ビン=ラディンだったわけです。



聖地に異教徒が踏み込んできた。踏み込んできた異教徒アメリカは絶対に許さない。さらにそれを許したサウジアラビアの王家も許さない。そういう気持ちを彼は持つようになるわけ。このあとしっかりと10年間の準備をして、2001年の9・11のテロを彼は実行するわけです。


中島:

このオサマ=ビン=ラディンとアメリカの関係というのもソ連のアフガン侵攻のときにという。それでアメリカがビン=ラディンを支援していたというところ、これもなんというか。


青木:

ビン=ラディン自身もお父さんはサウジアラビアの出身なんです。お母さんは確かパレスチナの出身か。お父さんはサウジアラビアの出身で資産家なんですよね。1979年に先ほど言ったようにイラン革命が起こる。サウジアラビアではメッカの占領事件が起こる。宗教心が高まっていくわけです。そういう中、共産主義者のソ連がイスラム教の国であるアフガニスタンに侵攻する。前も言ったように神の前においてイスラム教徒は平等であり仲間である。仲間を見殺しにできないというので、イスラムの誇りを守る、その気持ちに燃えたぎったビン=ラディンがボランティアを率いてアフガニスタンに行く。それをアメリカも支援するし、サウジアラビアも支援するわけです。


中島:

そこからがまたぐちゃぐちゃなっていくという、結局いろんなやったことがまた悪いことになって跳ね返ってくるという。


青木:

余波が大きいですよね。サウジアラビアの今について簡単にいきましょうかね。サウジアラビアがいろんな紛争も抱えながら、ただ経済的には石油を中心にやってきたのは間違いないんです。ところが石油って時期時期によって値段が上がったり下がったりするじゃないですか。特に21世紀に入って供給過多な時期と、大きいのは2010年代にアメリカとカナダでシェールオイルの生産が活発化していく。このまま石油の値段が高値安定でいくとは考えられないというふうにサウジアラビアの王族の人たちも思うようになったわけです。現在の第8代のサルマン国王も思われたし、王位継承ナンバーワンのムハンマド皇太子もそう思ったわけです。



というのでこれからは石油に依存しない国づくりをしていくと。そのためにはなにが必要かというと国民の力が必要。国民は男だけではないと。女性に対しても参政権を与えると。サウジアラビア自身が絶対君主の国なので、一応議会はありますけども、民主的な手続きによって選ばれた日本みたいな議会じゃないんですけどね、それでもいわゆる国会議員を選ぶ選挙権を女性にも与えていくと。あるいは映画館、禁止だったんですよ。


中島:

今あれしてるんでしょ?


青木:

復活したんですよね。


中島:

そういうことですよね。サウジアラビアがずいぶんと変わってきているというところですけれども、ただこのムハンマドさんという人自身がちょっとまたやばい人って。


青木:

ジャーナリスト暗殺事件に関わったという話がありますからね。


中島:

そういうところもあるので。


青木:

ただ脱石油で国づくりをしようと思っているのは間違いないです。


中島:

中東は今それを、UAEなんかもそうですよね。


青木:

いろんな投資を呼び込んで、いろんな産業を発展させていきたい。そのための前提になるのは平和なんですよね。去年のいろんなニュースの中で一番びっくりしたのが、中国を中立ちにして、対立してきたイランとサウジアラビアが首脳会談を行ったと。



イランだってもちろん革命の輸出をした時期もあって、いわゆる過激派と言われる人たちを支援してきたこともあったし、今も支援している。けども、基本的に中近東で大きな戦争が起こることは望んでいないんですよね。その点においてはサウジアラビアも、サウジアラビアと敵対してきたイランもその点は一緒なんです。普通だったらその間に昔はアメリカが入っていたんだけども、アメリカには今その力がない。代わりに中国。しかも王毅さんという、今世界の外交官の中で一番じゃないかと思ってるんですけどね。



中島:

実は外交ってわりと人間なんですよね、人間力というか、その人の胆力というのがものすごい出るみたいですね。


青木:

王毅さんが間に入って話をつけているというのがね。平和になるのは良いことなんだけど。


中島:

世界のことで言ったら良いことだけれども、なんでここに日本人が一切関わっていないのかというところが残念です。次回に続きます。


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