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藤原惟規 「光る君へ」人物事典005

更新日:1月4日




※α版(2023/12/04)。


藤原惟規(ふじわらののぶのり):高杉真宙(たかすぎまひろ)

まずは、NHK公式の紹介を引用して、大河ドラマ上での設定を確認しておきましょう。



紫式部(まひろ)の弟で、幼名は太郎。勉学が苦手で、文学の才があるとしょっちゅう比較されている。のんびり、ひょうひょうとした性格。


惟規は紫式部の兄とする説もありますが、大河ドラマ監修の倉本一宏氏をはじめ、弟と考える人が多いようです。ドラマでは弟となっていますね。

ちょこちょことエピソードが残っている人なので、少しづつ加筆していけたらと思っています。



年表

では、惟規の略年表を示します。年齢は数え年です。


974年?:1歳。誕生。

975年?:2歳。母(ちやは)と死別。


若いとき?:父為時に漢文を習っていたが、横で聞いていただけの紫式部のほうが優秀だったので、父為時にため息をつかれた(『紫式部日記』)。


994年?:21歳。姉(紫式部じゃないほう)が死去。(キャストが発表されていない?どうなる??

996年:23歳。父為時が越前守として越前国に下向。惟規は官吏登用の勉強中のため、同行せず。

1007年:34歳。正月13日、兵部丞六位蔵人。これまで小内記という下級官人だったところからの大抜擢。紫式部が前年12月29日に出仕したためか(倉本)。

       7月12日、行成の使いとして、仁王経を一条天皇に献ず。

1008年:35歳。7月17日中宮御見舞勅使となるが、失態す。中宮は彰子

1009年:36歳。雑色。

1010年:37歳。正月8日、行成の息子実経の叙爵の慶賀を一条天皇に奏る。

       10月30日、蔵人所の文書を国々の衛士に遣わす。

1011年:38歳。2月、父為時に同行して、越前国に下る。病により越前国で死去。










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